Stanford MBA 心の旅路

Stanford大学でのMBA(Stanford GSB)留学に奮闘する、外資系経営コンサルティング・ファーム勤務の若者の心の日記blog。 コンサルティングの仕事、MBA受験からスタンフォードGSB合格、スタンフォードMBA生活、帰国にいたるまで。

レストランに向かう道ロンドンからイタリア入りしたこともあり、とにかく食には飢えていたので、訪問する先々で、友達に一番おいしいイタリア料理を食べさせてくれと注文をして回った。日本ではまだあまりなじみのないフレッシュパスタなどを食べたことは先に書いたが、中でもとびっきり最高だったのが、レストラン経営が夢というトリノ在住の46歳救急医療ドクター・アンドレア(仮称)に連れて行ってもらったレストラン。トリノから車で1時間ほど走った田舎町にある、Osteria Del Boccon Divinoという、スローフードのレストラン。 看板も地味で、真っ暗な細い道の脇に入ったところにあるレストランで、現在イタリアで流行っているというスローフード(彼曰く、素材から何から、昔ながらの自然な方法で栽培・育成したものを使い、それぞれの素材において最高のもの、かつ環境にやさしいものを集めて作るという料理、とのことだった。ミルクなら、××産のミルク。このチーズなら、このハムなら、と、イタリア各地から最高のものだけを集めて作っているということらしい。ファーストフード&グローバリゼーションに対抗する形で、地元の素材、エコ、最高の素材などにこだわりを持つトレンドとのこと。かたつむりのマークがトレードマーク)というものらしいが、ここで食べた料理が本当に最高だった。

1品目一品目は、前菜の盛り合わせ。なんと、胡椒が効き、肉の甘味と豚肉のワイルドな香りが口に広がる生の豚肉のソーセージ、脂肪部分と一緒に食べる、溶けるような口当たりの生ハム、そして柔らかい牛のたたき。何より、人生で初めて生の豚肉を食べた。豚ではなく、ワイルドポークという、正確には別の品種のものとのことだったが、そのことをアンドレアに言うと、「刺身を食べる日本なのに、豚は生で食べないのか」と勝ち誇った笑みを浮かべていた。このワイルドポークと、溶けるような生ハムの味は特に、今でもすぐに再現できるほど覚えている。

2品目二品目は、ニョッキとパスタ。ニョッキはトマトソースベース。何よりパスタがおいしかった。これは前にも書いたエッグパスタ。正確にはタリアテッレで、これが非常に弾力があってしっかりした食感で、また細かく切られたパスタが甘くてコクのあるトマトソースとうまく絡んで、非常においしかった。ニョッキはこれまでそれほどたくさん食べたことはないので、比較感がないが、じゃがいもの自然な香りと、とろけるような食感、もっちりとした歯ごたえが非常に印象的だった。

3品目 うさぎの白ワイン煮三品目は、うさぎの白ワイン煮と、ビーフの赤ワイン煮。ビーフはトスカーナの有名ワイン、ボローロで煮込んだものだという。しかしビーフは日本でよく食べるおいしいビーフ煮込みとさほど変わらなかったが、うさぎの白ワイン煮込みがとてもおいしかった。ちなみに、ワインはアンドレアがお勧めのDolcettoというブドウのワイン。樽の香りがしっかりついていて、独特の香りをもった不思議なワインだった。それからアンドレアは個人的に好きでないとのことだったが、お約束でバローロをグラスで注文。初めてバローロを飲んだが、非常にアルコール感、刺激、タンニンの強い、かつ土のような香りが非常に強い個性的な味だった。すでに淵がオレンジがかってきている年代ものだったが、正直私にもインパクトが強すぎて、それほどおいしいとは思わなかった。

4品目 パンナコッタ四品目が、デザートとして、パンナコッタとチーズのプディング。このパンナコッタが、アンドレアが「世界最高のパンナコッタ」と言ってはばからないもの。原料のミルクから何から、すべて最高のものを調達しているとのこと。おっしゃる通り、非常に濃厚でねっとりとしており、口の中に凝縮されたパンナコッタ独特の香りが広がる様子は、これまで食べたパンナコッタとは大きく違うものだった。このパンナコッタの印象が強かったためか、チーズのプディングは普通においしいという感じであった。

さて、そんなイタリアで食べた最高のディナーのお話でしたが、このイタリア人医師が、かなりの食通(夢がレストラン経営ということだから当然だろう)。彼がお昼に連れて行ってくれたカフェに、とてもかわいいお菓子がたくさん並んでいて、思わず写真を撮ってしまった。日本人から見ても一口サイズのかわいらしい大きさのパイ生地・パンに、いろいろなトッピングが乗っている。このサイズ、このデモンストレーションは、イギリス人には無理だろうと思った(アメリカ人でも同様)。ここは彼が「(また)世界で一番おいしいエスプレッソを飲ませてやる」と言って連れてきてくれたところなのだが、これまたお菓子もおいしく、結局2度通ってしまった。

おいしいお菓子とエスプレッソトリノは、個人的にはミランよりも気に入った。ミランはファッションの街ということで、ミランのブランド街のショーウィンドウの華麗さ、独創性にはすごいなぁと思ったが、食に関して言えば、アンドレアの案内がよかったからだろうか、非常に繊細な食が多いような印象を受けた。(ミランでは弁護士の友人とその彼女と3人で地元イタリア人に一番人気といわれるお店に連れて行ってもらったが、正直ピンとこなかった)。

最後に酔いが回ってきた頃にお医者さんのアンドレアが、トリノ郊外のスローフード・レストランでウサギの白ワイン煮込みを食べながら言った一言。

「こうやっておいしいイタリアワインと料理を食べていると、イタリア以外のすべての世界の人々が不幸に思えてくるね」。

うーん、あの晩のディナーは忘れられない。。。
アシッシの路地現在、再びスタンフォードに戻ってきたが、その直前、イタリアに滞在した。ロンドンで知り合ったイタリア人の知り合いをめぐって、ミラノ、トリノ、アンコーナ、カメリーナ、アシッシ、ローマと、北部イタリアの大都市・田舎町を転々と巡ってきた。イタリア経済は近年非常に厳しい状況にあり、国として決して順風満帆というわけではないが、そこには誇りと共に、生き方を変えないイタリアの人々の姿があった。

どの都市・田舎町に行っても、皆自分の町のことを誇りに思っているのが、印象的だった。ミラノ、トリノ、ローマといった大都市はともかく、小さな港町のアンコーナ、人口1万人未満の小さな大学町のカメリーナなど、普通の観光客は行かないような町であっても、そこには11世紀、12世紀からの門、教会、城など、昔から残る多くの建造物が町には残され、そして彼らはそれを誇らしげに案内してくれる。アンコーナでもカメリーナでも、多くの場合、伯爵が建てた城が丘の上にあり、城壁に囲まれる・その外側も含めて城下町が形成され、その中央に町の中心となる教会が建っているケースが多いようだ。イタリアの地形は山がちで起伏が激しく、丘の上に町が築かれるため、町も当然坂道が多く、石造りの家々の間を、いかにもイタリアらしい細く曲がりくねった小道・階段道が続いているような、そんな絵画で見た様な風景をいたるところで目にすることができる。

トリノの街並みカメリーナは、イギリスのケンブリッジと非常に似ている、町と大学が一体化した、14世紀から続く昔ながらの大学町である。町は1万人未満で、学生が夏に去ると人口が半減するという、大学以外に何もない街である。2泊そこで泊めてもらったミケレ(仮称)は、物理学の研究者で、妹が大学で法律を教える助手、お母さんが大学で事務を手伝い、お父さんは大学の年金保険の運用会社に勤めているという、まさしく「大学」で出来上がった家族であった。町は昔ながらの石造りの建物をそのまま利用し、校舎も講堂も教室も、まさしく14世紀からの遺跡そのもの。ケンブリッジも美しいと思ったが、この坂道だらけの地形に、両側を石造りの建物に囲まれ細い階段道がくねり歩く雰囲気というのは、イタリア独特のものなのだろうか。ミケレは、「見るのは美しいけど、実際は坂が多くて大変だよ。道も昔の馬車道の幅のまま(両側に石造りの建物が建っているので拡張できない)だから一方通行ばかりで幅もぎりぎりだし」、とのこと。ただ、この町に住むことを誇りに思い、これだけ訪問する人に紹介できる歴史的なものがあるというのは、やっぱりヨーロッパは素晴らしいなぁと感じてしまう。

家庭での手作りパスタイタリア人は、あまり働かない。週36時間労働が基本で、多くの人が、基本朝8時から午後2時までしか働かないとのこと。週に2日は36時間を満たすため、昼食をとったあと午後4時から午後6時までさらに2時間働くというが、午後2時に仕事が終わってしまうのは、ちょっとびっくりである。友人いわく、「昼食は家族にとっても大切なものだからね」とのこと。ローマやミランなどの大都市ではそうはいかず、ローマで投資銀行に勤める別の友人は、われわれと同じような過酷な生活をしていた(そのため夜11時からしか彼とは会えず、夜中2時まで夜の街を車で案内してくれた。。。)が、大多数の大都市以外に住むイタリア人にとっては、昼ごはん、夜ごはんを家族と一緒にとるのが大切であるとのことだった。特に夕食の時間は伝統的に家族にとって非常に重要な時間であり、ほとんどの友人が家族と夕食をほぼ毎日一緒にとるとのこと。そんな訳か、多くの友人がイタリア料理の話になると、結局最後は「母親の料理が一番」と語気を強めていたのを思い出す。確かにカメリーナでは、友人の母親自慢の手作りパスタ(卵の入ったフレッシュパスタ)、庭でとれた野菜、葡萄など、レストランとは違った素朴でおいしい、太陽の恵みを感じるようなおいしい食事をいただいた。

ミランでもトリノでも、ローマでも、都市そのものが遺跡と言っていいほど昔ながらの建物、遺跡、教会に囲まれ、現代の生活と調和させながら生活している友人たちの姿があった。アンコーナ、カメリーナ、アシッシといった田舎町では、それぞれの町に誇りを持ちながら、昔ながらの素朴な生活を続けるイタリア人の姿があった。ロンドンでも感じたことだが、アメリカとは違ったヨーロッパの良さを感じる素敵な旅だったと思う。
上海にて日本の中堅企業で1か月半ほど、ロンドンに来る前の話だが、知り合いに紹介してもらったツテでインターンをさせてもらった。当初は「一人経営コンサルテーション」をさせてもらおうと計画していたのだが、なかなか29歳の若者に経営コンサルティングを頼みたい経営者などおらず、四苦八苦したことは前に書いたとおりである。結局、「アメリカで経営を勉強しているのだが、日本で勢いのある中堅企業について勉強をさせてもらいたい」というお願い形式で、最後はなんとか知り合いの知り合いが会長をやっている会社に拾っていただくことができた。

その会社は従業員が500名程度、中国にもオフィスを持ち、売り上げは数十億円規模の日本企業。会長と2人で10日間程度の中国視察旅行に行った際のことは前に記述したと思うが、会長(60歳)が非常に懇意にしてくださり、得難い貴重な経験をさせていただいた。

会社は第一のビジネスがようやく軌道に乗り、会長は1年前に新しく社長を招へいし、自分は会長に退くという世代交代を実施。社長は現在のビジネスをしっかり伸ばしていく一方、会長は将来の第二の柱となるビジネスを今のうちに温めておきたいという段階であった。会長は日系経営コンサルタントとしてキャリアをスタートするが、すぐに会社を飛び出し、商社に入社。そこで10年がかりである部門を日本一にしたことで自信をつけ、しばらくのち再び古巣の日系コンサルティング会社に戻り、その後外資系コンサルティング会社に転職、その後は出版や研修の講師などをしながら、50代に現在のビジネスを立ち上げるに至ったという、非常に経験が豊富な方である。

会長と企業視察私は外資系経営コンサルティングに新卒で勤めていることもあり、この夏は「実業を疑似体験できる」「一人ですべて責任を持って仕事を取り、仕上げる」「前職の会社の傘を離れ、武者修行する」といった要素が満たせる経験をしたいと願っていた。前職の会社からも、有名企業の社長補佐、CFO補佐など、複数大変興味深いポジションのオファーをもらったのだが、あえて自分で仕事を取り、自分で仕上げ、武者修行をしたいと願い、知り合いのツテなどを頼り、なんとか今の会長に拾っていただいた。会長は私の悩みを若い頃に経験されていた模様で、非常に懇意にしてくださり、会長と社長の間に机を設け、メール、電話、関係のない会議から社長会(いろんな企業の社長が集まる会合)への参加まで、ありのままの経営者の姿を見せてくださった。

経営コンサルタントと、会長(起業家)で大きく違うなぁと思ったのは、「人をどう巻き込み・動かすか」に関する関心の高さと、執着心。もちろん経営コンサルタントも人をどう説得し、動かすかは常に考えているが、その泥臭さ、執着度においては大きな差があると感じた。


人が「動くかどうか」に関する感覚の鋭さ
上海の地下鉄通勤ラッシュ中国への視察旅行の際、現地のいろんな提携候補企業の経営者と多くのミーティングをこなした。ミーティング後、会長と意見を交換しあうのだが、このときに、会長の視点にハッとさせられることが多かった。ひとつ自分との差を感じたのは、人のモチベーションと、相手の人となり(家族構成、事の経緯、性格、本人を取りまく人のつながり等々)に対して向けられる関心度が大きく違った。

「彼はああ言っているけど、きっと酒を飲めば愚痴が出る。親が××に住んでるでしょ。で、親会社が水産系の会社だからね。きっと××あたりの話を持っていけば乗ってくるんじゃないかなぁ。。。」
「いやぁ、彼はあの言い方は××と裏でつながりがあるよ。だって先に××について質問してきたのは彼でしょ。こっちが裏から手を回すと、逆に梯子を外される可能性がある」

経験の賜物でもあるだろうが、私が単純に表面的なことを見てしまう傾向がある中で、会長は常に「人がどう感じるか、人をどう動かすか、巻き込むか」といったことを常に感じていた。


人に好かれる術、人の心に入り込む力のすごさ
会長はとにかく人とすぐに仲良くなる。ホテルの従業員でも、電車で隣に居合わせた人でも、初めて会うほかの企業の経営者でも同様である。人の心に入り込む、人に影響を与えていく方法は複数あると思うが、会長の場合は、とにかく人に警戒心を抱かせず、するりと心に入っていく。たとえば、

・共通点を模索して、強引に「縁ですねぇ」と親近感を演出する
・相手との過去の経験に関しては、楽しかった、よかったと、ポジティブなことのみ話す
・相手を持ち上げて、自分を馬鹿として笑う
・人に笑顔で話しかけ、世間話、身の上話をする

などと、書いてみれば当たり前だが、こういったことを自然に、会長のスタイルとして実行されていた。彼の笑顔は特に天性のものと言える魅力的な笑顔で、本来非常に優秀な営業マンなのだと思う。


ネットワークの力
瀋陽にて食事これは経営コンサルタントもシニアになれば非常にすさまじいものがあるが、会長もまた、特筆すべきくらい人脈がとにかく広い。経営コンサルティングをやっていたことや、複数会社を転職したことも人脈の面では大きいとおっしゃっていたが、それ以外でも、定期的なスポーツ会、異業種勉強会、社長会、大学の部活や旅行仲間、高校など、仕事外でのつながりを強く持っている。これは今ロンドンに来て一層思うことだが、仕事外で、リクリエーションや運動、旅行、趣味で知り合う友達というのは、利害関係がないため純粋で強いものになりやすく、人と知り合う上では非常に有効だと思う。特に規模が小さな会社では社長がお客さんを取ってこられるかが重要になってくるかと思うが、彼はその能力がずば抜けて高いように思える。たとえば取引先の超大企業の役員クラスに複数知り合いがいて、彼らが危機の際資本を出してくれたり、大切な情報を提供してくれたり、案件や人を紹介してくれたりしているのだ。

中堅企業の現場の経営者は、周りや世の中の流れがどちらに向いていていくのか、どこに帆を立てれば風をうまくとらえられるのか、そういったことを知ることがとても重要になってくる。ただ、人・金・モノが大企業に比しても貧弱なケースが多いため、やりたくてもできない、動きたくても動けない、情報がないので状況が分からない、そんな状況にあることが多い。その際、顧客の様子や、世の中の流れをつかめる信頼度の高い情報を与えてくれるのも、仕事のパートナーや仲間を与えてくれるのも、案件の情報やアドバイスを与えてくれるのも、すべて会社内外(主に外)の人脈であることが多い。


日本にて以上、経営コンサルタントと現場経営者の主な違いを気付いた部分で書いてみたが、一言で言うと、経営コンサルタントが欠きがちなのは、「泥臭いセールスマンシップ」だと思う。経営コンサルタントは、ジュニアのころは営業をする必要はない。基本的にトップ営業であるので、プロジェクトが組成されてからメンバーとしてアサインされる。テーマはクライアント企業の危急の経営課題であるから、クライアントは基本的にはこちら側を最初から向いてくれている(もちろん敵対意識、「邪魔してくれるな」意識が最初は存在するケースが多いが、テーマがテーマなだけに無視しきれない)。プロジェクトのクライアント側のメンバーは社内でのエース格、社内での影響力がある方々が入るケースが多いので、こちら側がクライアント社内の「泥臭い社内セールス」まで手取り足取りする必要もなく、トップダウンで物事が済んでしまうケースも多い。また、経営コンサルティング会社に勤める人々は比較的頭もよく、理解ある人であるケースが多いので、社内で理不尽なことに遭遇する機会も少ない。そんな中、特に新卒で経営コンサルタントに入ると、または中途であっても長い期間コンサルタントをやっていると、「泥臭いセールスマンシップ」が鍛えられない傾向があると感じる。

ただ、「泥臭いセールスマンシップ」は、もちろん商社や現場で多様な考えの多様な人種と接し、いろんな人や組織、社会の壁にぶつかったり、ノルマで仕向けられたりして鍛えられる部分が大きいだろうが、そうでなくても、日常のいろんな活動の中で、多様な考えをもった多様な相手に対して影響力を行使しようと試みる中で鍛えられ得るものでもあると思う。この「泥臭いセールスマンシップ」は、現在やらせてもらっているスタンフォード日本人会の仕事や、クラス内外の活動の中でも大いに実践できることだと思うので、2年目の一つの重点項目にしていきたいと思っている。
Notting Hill Carnivalにてロンドンに来て語学学校の学生と話をするうちに、改めてひとつ気づいたことがある。それは、「笑顔とユーモアの力」。あるイタリア人と世間話をしているときに、別に彼が面白いことを言ったわけではないのだが、私が自然と愛想笑いというか、自働的な笑顔というか、とりあえずよく分からずに笑った時の会話が印象的だった。

  「今、なんで笑ったの?」
  「え? あ、笑ったっけ? そうだね。 ははは。」
  「ははは! 不思議だけど、君が笑うと、私も笑っちゃう。」

「君が笑うと、私も笑っちゃう」という言葉にハッとした。振り返ってみると、語学学校ではいつもジョークをいったり、笑ったりしていることに気付いた。そしていつも笑っていると、自然に人が集まってくる。笑顔は伝染するものだと思うし、笑っている本人も幸せだから素晴らしいことだと思う。

ニューヨークにてクラスメートと私は前職のコンサルティングファームではジョークを言ったり、笑顔を振りまいたりする方では決してなかった。むしろ仕事のプレッシャーと責任感の中、眉間にしわを寄せていたことばかりだったと思う。笑顔とユーモアの力はすごいものだと思う一方、仕事で笑顔とジョークを絶やさないのは難しいことだなぁと思う。心の余裕が必要だろう。今のスタンフォードでも、簡単なグループワークや、自分が経験のあるワークでは笑顔とジョークが自然と溢れ、みんなにもサポートしてもらいながらうまく仕事が進むが、英語が分からなかったり、テーマの理解が不十分だったりすると、笑顔とジョークが息をひそめてしまう。子供のころも、よく笑う子だねと言われていたようだが、受験を始めてからは、笑顔が減った気がする。人のよって差はあるのだろうが、私の笑顔とジョーク力は、ストレスに対して敏感に反応して減衰してしまうらしい。

私は、笑ってジョークを言いながら楽しく生活している自分の方が好きである。その方がみなと仲良くなるし、心が満たされた時間を過ごせる。今の自分は、「自然な楽しい自分」を表現できている気がする。そう、これまでの自分を振り返れば、笑顔とジョークのスタイルは、ひとつの自然な自分のスタイルだった。前職の会社でも、笑顔とジョークを交えながら仕事をしっかりとこなしていた上司が沢山いた。すごいことだと思う。経営コンサルティングという、自分にとっては難しい仕事をこなしながら、笑顔とジョークを絶やさない。帰国後それができるかは、自分にとってのひとつのチャレンジでもあるとも感じた。