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Stanford MBA 心の旅路

Stanford大学でのMBA(Stanford GSB)留学に奮闘する、外資系経営コンサルティング・ファーム勤務の若者の心の日記blog。 コンサルティングの仕事、MBA受験からスタンフォードGSB合格、スタンフォードMBA生活、帰国にいたるまで。

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Palo Altoさて、先日紹介したGSBのUnofficialメールで、チベットに関するふとした議論があった。あるインド人学生が、ダライ・ラマを支援する署名を集めるサイトへの協力メッセージをunofficialに流したところ、何人もの中国人から抗議のメールが。中には3スクロール分くらいの長いメールを送ってきた中国人もおり、ほかの国の学生も巻き込んでちょっとした議論になった。結局、日を改めて、お互いの理解を深めるための議論会を開催しようということで片がついた。それにしても、普段、中国人は1対1で接していると、本当にいい人だなーと思ってしまう人も多いのだが、そんないい印象を持った友人たちが、メールで驚くほど鋭く、厳しく反応しているのを見て、ちょっとびっくりした。

チベット問題の討論会は、1週間後にビジネススクールの寮のあるラウンジで開催された。5,6人のパネリストに、20人弱の聴衆。最初にメールの発端となったインド人と中国人が簡単にプレゼンをし、議論が開始した。

パネリストの2人の中国人が、興味深いことを話してくれた。1人は、中国で生まれ育ち、イギリスの大学で学び、その後イギリスで働いていた女性の方。彼女はイギリスに初めて渡った時に、初めてチベットが海外で議論になっていることを知ったという。イギリスの友人から初めてチベットの問題に関する意見を振られたときは、正直「チベット?え?中国の一部でしょ?何が問題なの?」といった反応しかできなかったという。それ以降、海外のメディアなどの報道と中国で自分が学んできたことのギャップに関する興味が大きく膨らみ、このチベット問題を含め、多くの問題を自分で勉強するようになったという。彼女はその後、こういった対立問題を見る際には、常に第三者の記述、第三者の学術論文など客観的なソースから情報を得るようにし、そうでない場合も情報ソースがどちらサイドにバイアスがかかっているかを考えるようになったという。

もう1人は、スタンフォードに来るまで中国で生まれ育ったドメスティック中国人。彼はインド人のメールに最も鋭く反応した1人だった。彼は自分自身がメールで鋭く反応してから、この討論会を迎えるまでの1週間、まさしく中国人の彼女がイギリスで経験したプロセスを経験したという。いろんな国の友達と話をし、図書館やネットでいろんな情報を検索し、今まで自分が「当たり前」として、全く疑いもしなかった(意識さえしなかった)”事実”が、実は一つの見解であることを知ってショックを受けたという。彼は当日はメールでの彼と打って変わって、非常に慎重で両サイドの見解に気を配ったコメントをしていた。彼にとっては、そこに至るまでにいろいろと複雑な思いをしたことだろう。

特に中国のように今後大きな力を持つだろう国の、将来比較的国内でも活躍するだろう若者が、こうやってアメリカに来て自分の国を相対化していくというのは、非常に有意義なことだと思う。彼のように、アメリカのコンサルティング会社の中国オフィスで働いていた知的でフレンドリーな若者ですら、チベット問題が国際的に話題になっていることすら気付かなかった、というのは、個人的にも「やっぱりね」という感じであった。

Nankingただこれはお互い様で、韓国や中国の友人と話をしていて、日本の話題になるといろいろと戦争問題等、釘を刺されたりするが、大方の日本人は日本が中国や韓国で何をしたかなど全く知らないというのが現状であろう。昨年の12月にニューヨークに学校の行事で行った際には、同行してくれたスタンフォードの教授がオスカー賞受賞映画監督(Bill Guttentag)だったので、彼の最新作である「南京(Nanking)」というドキュメンタリー映画を監督と一緒に観に行った。日本軍が戦時中に南京でしでかした様々なことを、当時の軍人や被害者の証言で綴っていくものなのだが、観る前の私の南京問題に関する意識としては、「南京大虐殺、南京での日本軍の悪行はあったのだろうけど、それを過大に教育し続ける中国にも問題があるし、向こうの反応も過剰な気がする」という程度だった。上映中の最初の私の素直な反応も、「確かに事実なのかもしれないけど、戦争でいろんな国が敵国で残酷なことをしているにも関わらず、南京に焦点を絞って日本が唯一の悪者のように見えるドキュメンタリーが公開されているのは、多少違和感を感じる」というものだった。しかし、映画が進み、最後に映画の監督、中国人の友人と映画の上映後に顔を合わせてお茶(コーラ)を飲んでいるうちに、やはり、加害国の当事者としては相手の立場を考えるとそのようなコメントは口に出せないし、多くの戦争映画が戦争の悲惨さを描いているように、日本軍の行為もどこかで描かれないといけないのだな、というような気持ちに変わっていった。

環境に人は染まる、というが、それはどんなに意思が強い人でも多かれ少なかれ同じだろうと思う。(むしろ自分は意思が強いと思いこんでいる程、影響に気づかないので怖いのかもしれない)。同様に、情報への接触の在り方も、人の考え方を大きく規定してしまう。海外に来て、これまでとは違った角度での情報に触れ、我を振り返る経験というのは、特にドメスティックな各国の学生にとっては海外留学の一つの大きな経験なのだろうと思う。
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