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Stanford MBA 心の旅路

Stanford大学でのMBA(Stanford GSB)留学に奮闘する、外資系経営コンサルティング・ファーム勤務の若者の心の日記blog。 コンサルティングの仕事、MBA受験からスタンフォードGSB合格、スタンフォードMBA生活、帰国にいたるまで。

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経営コンサルタントのプロジェクトは実に多様だ。
組織改革、新商品開発、営業改革、ビジョン策定、人材育成、、、。戦略策定から、実行支援。業界も異なれば、どのケースリーダー、オフィサーの元につくかで、プロジェクトの進め方も大きく変わってくる。しかも、若いうちはそのプロジェクトの中でも小さなパーツから、少しずつ経験していくことになる。


そんな断片的な経験が、ふと自分自身の中で有機的に繋がったプロジェクトがあった。それは2年目の終わりに参加した、大手日本企業での新商品開発プロジェクトでのことだった。


素人だからこそ、貢献できる


プロジェクトは、3ヶ月半。クライアントはより若年層に顧客層を広げたいと考えており、且つ、取り込んだ若年層をロイヤルカスタマー化して逃がさず、将来に渡って育てていけるようなビジネスモデルを求めていた。業界がやや特殊な業界であり、私以外のメンバーは、みな何らかの形でその業界をかじったことがある方ばかりだった。そのプロジェクト・リーダーとは一度働いたことがあったので、要領は分かっていた。最初の1週間は、メンバーで徹底的にブレストをしてアイデアを出す。そして1週間経った時点で、一気にプロジェクトの答の仮説を決めるのだ。非常に徹底した仮説思考のプロジェクト・リーダーだった。


最初のブレストでは、様々な意見が出た。ブレストではとにかくバカバカしいことでも思いついたことを活発に発言する。それらを皆、決して否定せず、「お、いいねぇ。なるほど。それって、どうやったらワーク(機能)するんだろう?」「こうやったらどう?」「こういうのもあるんじゃない?」といった形で、出てきたアイデアをどんどん膨らませていく。それらをガンガンホワイトボードに書いていった。このミーティングで、私がとるべきポジショニングがはっきりと見えた。他の方は皆、その業界をかじったことがある、または業界出身の方々だったので、専門知識で勝つのはまず無理だった。しかし、私の唯一で且つ最大の武器は、年齢だった。若かったのだ。私が当時25歳。他の方は皆MBAホルダーだったので、30歳半ば以上。今回のターゲットたる若者の感覚が、最大の武器だった。シニア中心の当該業界の非常識、若者の常識で戦う。その軸がキレイに見えた。


スタート1週間で、2回のCTM(ケース・チーム・ミーティング)を行った。2回目のCTMでは、競馬、パチンコ、宝くじ愛好家がターゲットになるのではないかという仮説を持っていった。競馬、パチンコ、宝くじの市場規模や、市場構造、ユーザー像とその消費特性などの資料を既存のアンケート資料などを加工しながら用意して行って、彼らをどうやってフックするかを議論した。最初の数枚をOHPに載せたときはあまり乗り気でなかったチームも、段々と議論をするうちに、半分冗談ながらも盛り上がっていた。「面白そうじゃん。詰めてみようよ」オフィサーの鶴の一声で、今回のプロジェクトの仮説の一つの柱に取り込まれることになった。


その後は、2週間後の最初のお客さんとのミーティング(WG:ワーキング・グループ・ミーティング)までに、ケースリーダーと2人で数回の議論を繰り返し、仮説を作っていった。既存のアンケートを分析したり、海外の類似市場と比較したりしながら、新商品のラフな仮説を作っていく。私の商品がいわゆる「フック商品」となり、若手の消費者を取り込んだあと、その中から将来の優良顧客を育てていくための「育成商品」を、他の2人のメンバーが設計していった。そうして全体像を描いてみると、なんだかいけそうな感じがしてくる。結構斬新なマーケティング・プランだ。


「本当にいけるの?」


2週間後のお客さんとのはじめてのミーティング。お客さんの反応は、意外にも良くなかった。「パチンコねぇ。。。本当にいけるの?」 正直、ピンと来ないといった反応。それもそうだろう。彼らの普段の顧客層からすると、対極にあるような消費者だ。その影響を受けたのか、帰社後の社内ミーティングでは、私の案を採用してくれたオフィサーが意外にもやや不安げになっていた。「ホームランか、最悪三振かもなぁ。もうちょっと見てみないと分からないなぁ。」オフィサーにそう言われると、正直経験のない私は俄然不安になる。でも、もうちょっと進めてみないと判断はできないじゃないか。消費者にぶつけてみるしかない。そう。お客さん(消費者)がOKと言えばOKなのだから。


その後、プロジェクトはターゲット層の消費者を会社に呼んでのフォーカス・グループ・インタビュー(FGI)に移っていった。4,5人の消費者を1グループとして、コンサルタントが商品コンセプトをぶつけたり、ニーズをヒアリングしたりしてアイデアを得、また検証する。


FGIについて個人的に好きな点は、普段会わないような人たち(消費者)と直接会えることと、その取り扱いの生ものぶりだ。今回も生粋の競馬・パチンコ・マージャン・宝くじマニアを集めてインタビューを行った。中には、見た目は静かそうでがり勉系の青年なのだが、話している途中に盛り上がって、興奮してよだれを垂らしてしまう人すらいた。普段決して私が会うことがないような、マニアックなギャンブラーとのインタビューは、なかなか印象深い、世間の奥深さを感じるものだった。また、集団でのインタビューは雰囲気作りとインタビュアー相互の影響をうまくコントロールしないといけない。声の大きい一人が最初にネガティブなことを言ってしまうと、一気に場の雰囲気がネガティブになることもあれば、逆もしかり。ケースリーダーと一緒にFGIをさばきながら、当てる順番を変えたり、話題をちょっと変えたり、細かなコントロール術のようなものも間近で見ながら学んでいくことになる。


今回のFGIでは、事前に複数回ケースリーダーとアウトプットイメージを作る打ち合わせを持ち、仮説を持ってから望んだ。ところが実際は、仮説どおりの部分が半分、違うところが半分。1,2回のインタビューが終わるたびに、ケースリーダーと一緒になって仮説を修正し、検証ポイントを深めていく。そうやって5,6グループのFGIが終わる頃には、なんとなくいけそうな具体案が見えてきた。


社長がページを折った


プロジェクトも1ヶ月半を越え、複数回のFGIを経て、今回のアイディアがいけそうなことが見えてきた。チーム内の温度感も大分と上がり、お客さんも、FGIの様子をビデオで見てもらったりするうちに、ようやく少しずつ熱を帯びてきた。ある程度のアイディアが固まった2ヶ月弱のところで、今度は比較的大規模なアンケートを打って、仮説をきっちり検証するとともに、ビジネス的にどのくらい儲かりそうなのかを試算する段階に入っていった。


そして2ヶ月が経った時点で、中間のステアリング・コミッティ。いわゆる経営会議での中間報告会だ。20名くらいの役員や事務局メンバーがコの字型の役員会議室にずらっと並び、中央の一番言い席だけが空席になっていた。テレビでも見たことのある白髪の社長が会議場に入ってくると、世間話がやみ、少し緊張した雰囲気が流れる。お客さんのリーダーから簡潔な説明があったあと、さっそく我らがケースリーダーがスライド台の前に立ち、プレゼンテーションを始めた。


社長は、食い入るように説明に聞き入っていた。たまに眼鏡を手に取り、手元にある印刷されたプレゼンテーション資料に目を落とすと、何かを書き込んだりしている。打ち手の全体像の説明が終わり、いよいよ「フック商品」としての私のパートの説明が始まった。うんうんとうなずき、いくつかのページはおもむろに紙の資料のページの端を折ったりしている。そしてパートの説明が終わると共に、顔を上げて、一声。


「これ、面白いよ! これ、いけるんじゃない? ねぇ?」


議場が一気にほころんだ。隣の常務が、「そうですねぇ」といった感じで笑顔で調子を合わせている。オフィサーが、ちょっと深く椅子に腰をかけた姿勢のまま、得意気に説明を加えている。ここまでクライアントに素直に受けた提案は、私の中では初めてだった。何より、ケースリーダーのプレゼンテーションが、秀逸だった。実は前の晩、3時間くらいかけて、オフィサーと、ケースリーダーと、私の3人でプレゼンの練習を繰り返していたのだ。オフィサーに、直接いろいろと指導をうけるケースリーダー。それをなぜだか見せてもらっている私。正直、ケースリーダーになっても鍵となるプレゼンでは、こうやってすごく真剣に練習するんだなぁということ自体が新鮮でもあり、また、真剣に物事に取り組んでいる目の前の2人が、かっこよかった。当日のプレゼンテーションは、間の取り方といい、勢いといい、迫力が満天だった。私のことではないが、そのケースリーダーが、なんだか誇らしかった。今でもこの瞬間を思い出すと、ちょっとだけ胸が高鳴る。


当日のプレゼンは、最高の形で終わりを迎えた。社長からは、報告会の最後にも、これまで数年間うちの会社と付き合っている中で、1,2を争う素晴らしいプレゼンだったと言ってくれた。私にとっても、小さなアイディアが、ケースリーダー以下一丸となって、こうやって素晴らしいマーケティング・プランに昇華していく道筋を濃密に経験できたのは素晴らしいことだった。25歳の若者の意見を真剣に聞き、形にしてくれるかっこいいお兄さんと、おじさん(?)に出会えてよかったと思った。


実行支援へ


社長のGOサインを得たチームはその後勢いづき、最後の1ヶ月半は計画通り実行支援へと移っていった。経営コンサルタントの仕事は、戦略立案と、実行支援に大きく分かれる。普段は3ヵ月程度で戦略立案をし、次の3ヵ月や6ヶ月で実行支援をしていく形が多いが、今回は3ヵ月半の中で、戦略立案と、実行支援を両方やる形になっていた。


実行支援は、戦略支援と明確に進め方が異なる。それは1年目の冬に経験したプロジェクトで既に痛い目に会いながら体験していた。


戦略立案では、「アイディアが進化していること」が進捗の一つの指標になるが、実行支援では、「物事が進んでいること」が進捗の指標となる。当たり前だが、このパラダイム・チェンジに当初はついていけなかった。お客さんのところにいって、物事をどんどん詰めて、前に進めていかないといけないのに、オフィスでアイデアをこねくり回して紙ばかり作っていた私は、2週間経ってもお客さんをドライブすることができずに全く進捗がなく、当時のケースリーダーからこっぴどく叱られた経験がある。叱られて慌ててお客さんのところに飛び込んだものの、左も右も分からずお客さんとの他部門の交渉で大失態をしてしまい、お客さんの部門を怒らせてしまった。1年目の年末年始はその真っ最中で、とても憂鬱な休みを過ごしたのを覚えている。年始に私のパートに飛び入りして助けてくれたリード・コンサルタントの方が、状況もあまり分かっていないのに、私に事前にいくつかの質問(どんな資料を最初持っていったの?何で相手は怒っているの?など)をしただけで、いきなり交渉の場に一緒に行って一気に状況を収集させてしまったことも鮮明に覚えている。


今回は同じ失敗はしないようにしたいが、するかもしれない、という不安を抱えたまま、プロジェクトは実行支援のフェーズに突入していった。前半戦と異なり、お客さんのチームを仕事のかたまりによって5つ~6つのチームに分け、仕事の担当者を決めて週次のミーティングで進捗を仕切っていく。コンサルタントは複数の"お客さんチーム"を担当し、週次ミーティングの前に個別でミーティングをし、ディスカッションパートナーになったり、問題があれば早めに経営に上げたりして物事を進めていく役割を担う。


私は、今回提案したフック商品の開発推進のチームを1つだけ担当した。相手は、40代半ばのベテラン社員。正直、実行支援はコレが苦手だった。年齢差は肌艶を見れば歴然としてるので、背伸びしようにも無理がある差だし、一方で私自身、プライドが高く飛び跳ねる性格なので、なかなか"かわいがってもらう"ようなモードに入れない。仕方なく、前の失敗を繰り返したくない私は最初の数回はケースリーダーに一緒に来てもらった。だが、実際は心配は杞憂に終わった。とても気さくでやさしいおじさんだった対面の方は、逆にうまく私をサポートしてくれたのだ。


そんないいでだしの我がチームだったが、直ぐに大きな壁にぶつかることになる。我々が提案した新しい商品は従来の商品と相当に商品構造が異なるため、既存のインフラでは組成できないことが発覚したのだ。


「この流れをしっかり体に染み込ませておけよ」


せっかく社長の心を掴んだ新商品。なんとか実現したい。でも、既存のインフラでは組成できない。私はケースリーダーとも相談しながら、グローバルのオフィスに協力を得ての海外の類似事例調査や、国内の他社の同部門へのインタビューなどを重ね、ヒントを探した。その結果をクライアントの対面の方に次々とぶつけていく。そんなことを繰り返していく中で、なんとか3週間後には少しだけ商品組成を変更すれば、比較的小規模の投資をすれば既存のインフラでも商品組成が可能だという確証が得られるところまで進捗した。すぐに担当常務に許可をもらいに行き、投資のOKを得る。こうして、無事、私の商品組成パートは、最終報告会の1週間前に目処がつくところまで持っていくことに成功した。


議論の道すがら、一緒に行動を共にしてくれたケースリーダーは、「これが戦略を作って落とし込んでいく一連のプロセスだからな。今体験しているこの流れを、しっかり体に染み込ませておけよ」ということを何度も言ってくれた。考えれば最初のブレストCTMから、3ヵ月半で濃厚な道のりを歩んできた。アイデアを出し合って、初期仮説を作る。それを顧客にぶつけ、クライアントや社内チームで議論しながら固めていき、最後はアンケートで定量化し、ビジネスインパクトを試算する。それらを説得的なパッケージ資料にまとめ、職人技のプレゼンテーションで伝え、お客さんと汗をかきながら実行していく。このプロジェクトは、私にとって、その一連のサイクルを自分自身の足で(ときには支えられつつも)初めて歩めたプロジェクトだった。広告代理店にビジネスコンセプトを伝え、商品のネーミングを考えてもらう。マーケティングのイメージがどんどん形になっていく。これまでBtoBのプロジェクトが多かった私は、そんな経験もまた新鮮かつ楽しいものとなった。プロジェクトみんなで作ったマーケティング・プランだけど、どこかで「これは俺の商品だ」そう思う部分があった。"It's my baby.しっかり世に出て稼いでくれよ。"自分のレコメンデーションに、そんな強いオーナーシップと愛着の気持ちをもった初めてのプロジェクトだった。


振り返れば、これが初めての大きな成功体験だった。業界経験者ばかりのプロジェクト・チームで、唯一の無知な20代。でも若手への顧客層拡大というテーマが手伝って、初めてチームでオーナーシップを持って自分のアイディアを具現化できた。これまで断片的に体験していたいろんな技が、このプロジェクトで有機的に繋がった気がした。


コンサルタントの成長は、非連続的だと言われる。半年でぐっと伸びる人もいれば、2年たってから伸びる人もいる。ぐっと伸びたかと思うと、しばらくすると次なる壁にぶつかる。その連続だ。私はこのプロジェクトで、1つ目の壁を登った気がした。プロジェクト終了後の打ち上げで飲んだビールの味は、格別だった。商品の発売が、待ち遠しかった。酔いが回る中で、チームっていいな、と思った。コンサルタントとしても、結構成長したのではないかと思った。ただ実際は、すぐその数ヵ月後に、新しい壁にぶつかることになるのだが。。


※仕事上のコンフィデンシャリティの観点から、適宜編集をしてあります。

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