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2009年、明けましておめでとうございます!スタンフォードMBA2年生としての最初の学期が早くも終了し、冬休みに突入、現在はすでに冬学期に突入している。冬休みは台湾で数日を過ごし、その後日本にて学校の公式行事としてのJapan Tripを引率、その後はインドにて新年を過ごした。まずはJapan Tripの引率を終えて感じた、改めて外から見てみた日本について感じたことを書いておきたい。
12月15日から24日までの10日間、東京、名古屋、京都、広島、大阪と5都市を訪問し、各企業や政治・大学等のリーダーと面会してきた。30名の世界各国から集まっているStanfordの学生と教授に母国である日本を紹介できるのは非常に有意義な経験であったが、それだけでなく、また自分自身にとっても、改めて日本を振り返るよい機会となった。
超清潔で近代的な「発展」国 + ユニークな文化を醸成・保持
まず東京に戻ってきて第一に感じたのが、街すべての異常なまでの清潔さ。道路はきれいに舗装・メンテナンスされ、街の木々・草木もきれいに刈られ、建物の壁はきれいにペイントされ、デパートの床はピカピカに磨かれ照明を反射し、人々は髪をおしゃれにまとめ、こぎれいに着飾り、走っている車もきれいに磨かれ、電車の車両は新しくきれいで静かに走っている。カリフォルニアでもニューヨークでも、パリでもロンドンでも、これほど全てがきれいに制御され、整っていて、それが維持されている都市はないと感じる。「超清潔都市」。それが東京や大阪で感じた1つ目の印象である。
それから、都市の成熟・発展度合。渋谷の町並み、六本木の町並み、新宿の高層ビルからの東京全体の眺め。近代的なよくメンテナンスされたビルが視界の先まで脈々と立ち並び、また次々と新しい再開発が繰り返されるその様子は、ニューヨークなどと比べても、より「きれい」で「広大」な近代性を感じさせる。パリやロンドンは、また歴史を感じさせるまた違ったすごさがあるが、エリアの広大さ、整備度合、各エリアのユニークさ、都市の複雑さなどを見ても、東京はニューヨークに決して負けない都市であると感じる。新宿、渋谷、原宿、表参道、代官山、六本木、銀座、新橋、丸ノ内、赤坂、秋葉原、池袋、浅草、月島、お台場… それぞれのエリアがそれぞれの特徴を持って楽しませてくれるその複雑さ、バラエティは、都市の成熟さを感じさせるものがある。清潔さ・発展度合というのがハード的な側面だとすると、人・文化というソフト的な側面においても、日本は非常にユニークなものを持っていると今回改めて感じた。伝統建築、伝統工芸、伝統芸能、日本食、また精神構造(神道、武士道等)や生活習慣(着物、銭湯、等々)といった日本伝統においては言うまでもなく、伝統文化にとどまることなく、現代文化においても日本は非常にユニークなものを今でも引き続き創造、維持していると感じた。たとえば、若者の奇抜なヘアスタイルにファッション、凝った携帯ストラップ、プリクラ、メイド喫茶、漫画喫茶、街にあふれる自動販売機、カプセルホテル、カラオケ、電車での睡眠・携帯いじり・漫画読み、飲んだ後のラーメン、コスプレなど趣向の凝った性風俗などなど。昔でいえば、ガングロ、ルーズソックスなど。ビジネスにおいても、名刺交換の作法、ビールやお酒の注ぎ合い、タクシーや会席での座席の順、お辞儀、エレベーターまでの見送り、等々。多くのスタンフォードの学生がいろいろと面白おかしく反応するのを見て、改めて、日本はあらゆる面で(最近存在感を増しつつある「グローバル共通」文化とは異なる)独特な文化・作法を引き続き創造・保持していると感じた。現在は江戸時代の鎖国も終わり、グローバル社会の中に生きる日本人ではあるが、言語の壁、島国である故の地理の壁のためもあってか、グローバルの文化に自国文化を侵食されることなく、バランスよく他国の文化からインスピレーションを得ながら新たな日本文化を創造し続ける「半鎖国」状態が保たれているように感じた。
日本人の特性: ユニークネスと強みの源泉
今回のトリップでのビジネスミーティングやグループの引率を通じて、いろいろと日本人の特性について考えさせられた。1.おもてなし(相手志向)+ こだわり(改善・完璧への執着)+ こまやか(ディテールへの感度)
「おもてなし」については、宿泊したホテル・旅館、訪問した先々の企業でスタンフォードの学生の多くが実感した模様だ。玄関先で20分も前から背筋を伸ばして待っている企業の担当者。笑顔を絶やさず、お手洗いや席の案内、飲み物までかゆいところに手をとどかせてくれる案内係の方。バスが発車して見えなくなるまで手を振っている担当者の方。アメリカ的な、「必要なことを効率的にやる」スタイルとは異なり、そこには「相手に満足してもらいたい」という、おもてなしの心があった。実際のいろいろな企業とのミーティングにおいても、「お客様に満足をしていただく」「真心のこもったサービス」等々、相手志向の、心から行動を起こし自分も満足するという、「おもてなし」の垣間見える発言が多々見られた。
こだわり」についても、準備段階、引率全体を通じて何度も感じさせられた。Japan Tripを我々が学校に提案した際のプレゼン資料の作りこみ度合いにしても、計画の作りこみ度合いにしても、複数の製造企業の工場見学などで見学した各部品の細部へのこだわり(部品なので製品には隠れてしまうが、それでも実際の性能には影響がないであろう部品の切断面の美しさなどまで追及し、それを高品質と考える事例など)にしても、懐石料理での一品一品の見た目のこだわりにしても然り。アメリカなどでは要求されるクオリティのものを、最低限の時間・エネルギーで仕上げるのがよい、という感じがあるが、日本では完成度、改善への執着というか、要求される水準を達成するかどうかとはまた別に、自ら徹底して更に高い品質を追及するのが美徳というような感覚がある気がする。
「こまやか」についても、何度も感じさせられた。たとえば京都のちりめんのお土産屋さんで見る、非常に小さくてかわいらしい人形(熊、牛、うさぎなどなど。1.5センチくらい)や、和菓子や懐石料理のディテールにまでこだわったデザインなど。アメリカ人のような大きな構造・骨格やダイナミックな動きに着目するのとは逆に、日本人は何かと細部の作りこみ、細かな点に何かと目が行きがちだと思う。
2.プロセス・形式重視
この点は、引率者としてその他のメンバーとやりとりをする中で特に強く感じた。引率側の幹事団は5名いたのだが、3名が日本人で、1名がトルコ人、1名がインド人。このトリップを企画するため、数カ月前から定期的に集まりミーティングをしてきたのだが、たとえば、定期ミーティング。日本人は定期的にミーティングをやりたがるが、トルコ人、インド人は、必要時に個別に電話で話せばいいと、ミーティング自体を嫌がるし、まして定期ミーティングの設定には当初強い反対を示した。また時間を守る、という点も同様で、遅れて参加してきた際にも「私のパートの話は結局後半にしか話さないから、結果的に問題ないでしょ」という態度を取ったりする。彼らはプロセス(時間通りに集まる)より、結果(議論に支障なし)重視である。合意についても同様で、日本人は何かと担当以外の話題に関しても、報告をしあったり、一応皆で「これでいいよね」と合意を取ることが多いが、彼らは自分の担当外の話になるとスイッチが切れ、メールチェックを始めたりすることも多く、日本人ほど皆で情報を共有し、合意しながら進めていくという概念が強くなかったりする。また、他の日本人を見ていても、日本人は一度「結果がでるプロセス(段取り、スケジュール)」を構築したら、その合意した手順を順番に踏んでいきたいと思いがちだが、彼らはそういった段取りにはとらわれずに、むしろ結果がよければOKで、合意した段取りを無視することに抵抗はない。そういった細かな点で幹事団の中でも小さな不満などが渦巻くことも多かった。実際の引率においても、プロセスを管理しがちな日本人の幹事団に対して、いろいろと不満がささやかれることなどもあり、改めて「プロセス・形式」を重視しがちな日本人の特性に気づかされた。3.ボトムアップ思考、正確性・事実重視
ボトムアップ思考というのは、そのとおり、トップダウンでなく、積み上げ型の思考ということ。企業とのミーティングのQ&Aなどでは、質問に対して日本人側からすぐに答えが提供されないことが多く、多くの参加者が、多少のフラストレーションを口にした。アメリカ人の場合は、「答えはYESです。なぜなら・・・」「それはxxxの考え方によります。たとえば・・・」など、結論を先に持ってきて、そのあと論拠や具体例を持ってくるコミュニケーション方法&思考方法を持っているが、日本人の場合は逆で、「なるほど。そうですね。。。 昨年xxxがあって、yyyでした。ただ、tttはxxxでもあるのです。たとえばQQQを見てもそれは確かでしょう。ですので・・・・と言えるかと思います」などと、結論が最後に来る。それを英語でやるものだから、多くの参加者は質問が理解されたか、答えは何なのか、フラストレーションを抱えてしまうのである。コミュニケーション方法だけでなく、思考法自体がボトムアップなものだから、中には、途中で話がそれてしまうケース、その結果結論が質問に正面から答えていない形で終わってしまうケース、質問に2つの要素があったのに1つにしか答えずに終わってしまうケースなども散見され、アメリカ人は彼らが質問に答えたくないのか、何なのか、非常に理解に苦しんでいた。どうやらこのボトムアップ思考は他のいろんな国でもよくあることのようだが、これがコミュニケーションに適用されると、アメリカ人からすると、フラストレーションが溜まってしまう模様。
正確性・事実重視というのも、ビジネスミーティングでの質疑応答で繰り返し感じさせられた。日本人は、質問に対して自分が明確な答えを持っていないと、正直にわからないとか、何とも言えないとか答えたり、曖昧な言葉を連ねることが多い。一方のアメリカなどでは、とりあえず何かスタンスを取って明確な答えを提供することが多い気がする。思考法やコミュニケーション方法がトップダウンなので、質問に対して冒頭でいきなり結論を言わないといけないことになるため、そこで明確なスタンスを取る。難しい答えでも「いい質問だね。うーん。難しいが、ケースバイケースじゃないかな。たとえば・・・」と、とりあえずスタンスを取って説明するのだ。正確性・事実重視というより、分かりやすさ・ロジック(それが事実かどうかは別として)重視のコミュニケーションだ。今回のビジネスミーティングの中でも、日本の伝統企業の社長などからは、いまいち歯切れが悪かったり、ロジカルでなかったりする回答が提供されることがしばしばあり、それは正確性・事実重視で、その場で間違ったことを言わないようにしようというメンタリティから来ていたケースがいくつかあったように思う。長々と書いたが、「おもてなし(相手志向)+こだわり(改善・完璧への執着)+こまやか(ディテールへの感度)」「プロセス重視」「ボトムアップ思考、正確性・事実重視」といった点が、日本人の特徴のいくらかの部分を形作る要素として、今回のTripで改めて感じた点である。
日本型のイノベーション
ところで今回の旅のテーマは、「J-innovation」というものであった。シリコンバレーのイノベーションとは異なる、日本のイノベーションを探ってみようというものである。スタディ・トリップを通して、シリコンバレーのイノベーションといえば、天才や個人のアイディアから生まれる革新的なものというイメージがまず頭に浮かんでくるのに対して、日本でのイノベーションは、より末端の従業員を含めたグループ全体としてのグループ思考から生まれてくる、また改善の積み重ねで、結果として元のものとは大きく異なるものを生み出していくという漸進的なものと言えるのではないか、という仮説を学生の間で議論した。(シリコンバレーのイノベーション VS 日本でのイノベーション)
革新的 ⇔ 漸進的(改善の積み重ね)
天才のアイディアから ⇔ グループベース思考から
トップダウンで進展 ⇔ ボトムアップで進展
全く新しいもの ⇔ 新旧混合
日本的なイノベーション(J-innovation)の由来の一部は、またこれまでに見てきたような「おもてなし(相手志向)+こだわり(改善・完璧への執着)+こまやか(ディテールへの感度)」「プロセス重視」「ボトムアップ思考、正確性・事実重視」といった日本人の特性から説明が可能であるようにも感じる。
とりあえず、日本のユニークさについて感じたことを書きなぐってみたが、次項では、日本のビジネスについて感じたことを書いてみたい。
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2009.01.21 16:51 | # [ 編集 ]
仕事でシリコンバレーにいく機会があるたびに
スタンフォードにちょっとよって、ここで勉強する・ある種戦うのはとても素晴らしいと思っています。(プリンストンに寄ったときも羨ましかったですが)
頑張ってください。
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