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Stanford MBA 心の旅路

Stanford大学でのMBA(Stanford GSB)留学に奮闘する、外資系経営コンサルティング・ファーム勤務の若者の心の日記blog。 コンサルティングの仕事、MBA受験からスタンフォードGSB合格、スタンフォードMBA生活、帰国にいたるまで。

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人間力とは何か

今日は経営コンサルタントとして、留学前最後のお客さんとの打ち合わせ:最終報告会があった。無事、最終報告会はお客さんとの一体感の中終わり、夜にはお客さんの事務局の方々との慰労会。プロジェクトのリーダーの昇進と、私の留学も合わせて祝っていただけるということで、大変ありがたいことにお客さんから飲み会をセットしていただいた。コンサルタントとして、お客さんと飲みに行き、プロジェクトを一緒に振り返りながら杯を酌み交わすというのは、本当にコンサルタント冥利に尽きる瞬間だと思う。今はそんなほろ酔いの中、このブログを描いている。

本当にすばらしいお客さんと最後のプロジェクトを共にできたことをうれしく思う。お酒を酌み交わしながら、まじめな、熱い議論を繰り広げる。留学ということでこのプロジェクトを途中で抜けざるを得ないのはとても残念だ。そんな中で、最近の若い社員のコミュニケーション能力に関する議論があった。お客さんの事務局の方々(社会人暦15~20年のベテラン社員)の若い頃と比べ、最近の若い世代のコミュニケーション能力が著しく落ちているというのだ。お客さんの顧客との世間話ができない、上司などとのコミュニケーションができない、自分の頭で考えずに指示待ち族的になる、仕事を楽しんでいない、クールで客観的である、など。人間力の低下と言ってもいいかと思う。

私自身、思い当たる節が大きい。われわれ経営コンサルタントがよく言われるのは、コンサルティング・スキルや知識といったハードなものと、コミュニケーション、共鳴、溶け合う、といったソフトな人間力的な要素の2つがそろって始めて一流のビジネスコンサルタントたりえるということ。その意味では、ネットで育ち、都心の核家族で育ったわれわれ若い世代は人間力の鍛えられ方が弱っているというのは耳の痛い話である。

人間力、すなわち人の中で生き、人を惹きつけ、愛し、愛され、時には喧嘩をする中で人を動かしていく力というのは、異なるものとの対峙、また避けがたいものとの対峙との中で磨かれるものなのではと思っている。他者との衝突の中で、共通の話題の見つけ方、共鳴の仕方、性格タイプ別の対応方法、喜ばせるための押しボタンの位置、距離のとり方などを体得していくのだと思う。ネットで気の合う友達と、気の向くタイミングに、気の乗るテーマでストレスなくコミュニケーションをとることになれ、合わない人とは付き合わなくてよい、今の自分のままで気の合う人を探せばいい、そんな環境で小さい頃から育ってきた若い世代に他者との衝突経験が乏しいのは仕方がない気もする。親戚や近所の付き合いが密で、お互いの人間関係が固定的な田舎でなく、マンションで隣の家族の子供の名前も知らずに核家族の価値観だけに染まって育ってきた若い世代に、同じものを求めること自体が無理なのかもしれない。今日、お客さんとそんな話をしながら、いつも人間力が足りない自分自身、そんな若い世代の宿命を背負って育ってきた私自身を冷静に見つめる自分がいた。

人間力が欲しい

日本でビジネスをやっていこう、日本で人を動かしていこうとするならば、人間力はひとつ大切なケイパビリティになるだろう。いつもプロジェクトで中途入社のコンサルタントの方に勝てない部分が、この人間力である。そこには、相手の感情を傷つけずに落としどころに誘導していく力や、対立しているのにうまく物事を進めながら関係構築もできてしまう力など、営業マインド的な力も多く含まれる。

私は、人間力が欲しい。

経営コンサルティングファームはある意味ユニカルチャーな組織だ。多少語弊があるかもしれないが、多少は頭がよく、仕事のモチベーションも高く、融通が利く人間がほとんどである。社内には尊敬できるようなすごい方がたくさんいるし、むしろできない自分自身が浮き上がってしまうことがつらいと感じることが多い。他人の足を引っ張る人などいないし、みなが純粋にお客さんのために仕事をし、そのクオリティで競う環境が整っている。中途で転職して来られる方からは、「ここは天国だ」という言葉を聞かされることすらある。しかし贅沢な悩みだと叱られることもあるが、このユニカルチャーはコンサルティングスキルを伸ばす、ビジネス・スキル、経験を蓄積する上では最適であっても、人間力を蓄積するために最高の環境だとは言いがたい。ストレスがなさ過ぎるのだ。上司から言われることは正しいことばかりだし、納得できることが大半だ。そんな環境でずっと育ってくると、罠をサーチするアンテナ、価値観の異なる他者に対する思いやり、シンパシー、対応というものがおろそかになってくる懸念がある。うちのコンサルティングファームは、他社に比べると著しく人間力の育成に気を使っているファームだとは思うが、それでも私には人間力に関する根拠のないコンプレックスがある。

今の日本社会では、衝突を避けようと思えば避けることが可能だ。気の合わない友達とは話をせず、ネット上で気の合う友達を見つけることもできれば、掲示板やオンラインゲームの世界で暮らすこともできる。親も社会も、社会が多様化する中で過去のような明確な価値観、キャリアパスといったものを強く迫れないから、結果として「他者という壁」にぶつかったことが少ない、世代を生み出したのだろう。

弁護士、大学教授…。われわれの父親の世代でも、社会から孤立して自身の興味、自身の専門を追及できる人間は「世間知らず」という形で形容されてきた面もある。自分の思い通りに行かない経験、他者との衝突や挫折がまるい性格を生み出し、また対人対峙力を向上させるのだろうが、一方で、今の時代に求められるような伸びやかな発想力、独創性といったものは、他者との調整や衝突というより、それを恐れず伸びやかに「世間知らず」になることで得られる部分もあるように思う。


調整力 ⇔ 独創力

動かす ⇔ 生み出す

世間を知る ⇔ 世間を超越する


すごく単純化すれば、アメリカ社会は「調整力<独創力」型社会、日本社会は本来は「調整力>独創力」型社会なのだろう。どちらがいい、悪いという話ではない。個人が描く、理想の自分像や、やりたいことなどによる部分が大きいだろう。

酔った頭でまとまりのない雑感を書いてしまって恐縮だが、人間力的な対他者経験の絶対量不足。これが私が年配のお客さんと普段接している中で常々感じるコンプレックスでもあり、多かれ少なかれ世代共通の傾向なのだろうという気がする。

今日はプロジェクト最後の日を終え、お客さんと杯を酌み交わす中で、とても幸せな気分に浸らせていただいた。本当にコンサルタント冥利に尽きる一方、この一体感、高揚感を作り出したのは上司であるプロジェクトリーダーの人間力だと感じる。

私自身がもともと、動かすよりは生み出す、調整よりはクリエイティビティ、世間の常識よりは自分の道、といった性格である面はある。でも、私も、今日のこの空間を自然に作り出せるような、そんな上司のような卓越した人間力を持ちたいと思う。10年後でもいい。でも、一歩一歩、何をしていかなければいけないのか、自分自身で考えながら歩んでいきたい。
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共感できる部分が多いです。
僕も人間力が欲しいです。。。

実際問題、現在29歳ですが、年配の顧客と世間話はけっこう厳しいと感じています。
商社マンの友人は、この部分の能力が非常に長けていて圧倒されます。。。

2007.12.28 13:16 URL | daisuke #- [ 編集 ]

このコメントは管理者の承認待ちです

2012.05.11 18:29  | # [ 編集 ]












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