Stanford MBA 心の旅路

Stanford大学でのMBA(Stanford GSB)留学に奮闘する、外資系経営コンサルティング・ファーム勤務の若者の心の日記blog。 コンサルティングの仕事、MBA受験からスタンフォードGSB合格、スタンフォードMBA生活、帰国にいたるまで。

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T-Group全員でInterpersonal Dynamicsという、スタンフォード・ビジネススクールの名物授業の1つを受講したことは、前の稿で触れた。6-8人の小グループで、2週間毎日7時間半、週末には1日10時間以上、お互いの価値観や人間関係の在り方を徹底して理解しあう、非常に濃密な演習スタイルのコースである。前の稿では、Interpersonal Dynamics(通称Touchy Feely)の授業の概要について記したが、この稿では、この授業を通じて個人的に得られたことを5つほど、備忘録として記しておきたい。

その①:
「ドッキリするくらい直接的・アグレッシブにならないと、彼らの耳に声は届かない」


ひとつの大きな収穫が、これ。自分が日本人以外のグローバルな人たちを率いる際に、彼らから見て、私のコミュニケーション・スタイルがどう映るのか。このコースの中で、その事実を非常に「痛み」の伴う形で通告された。

コース2週間目の講義の中、「Influential Line-Up」という演習があった。グループの全メンバーを、自分を含めて、影響力がある順番に、1人1人が並べていくという演習であった。まず1人が、自分を含めた6-8人のメンバー全員を、無言で、左(一番影響力あり)から右(一番影響力なし)まで、教室の前にクラスメートの体を誘導しながら並べていく。1人が並べ終わると、別の1人が、再びその人の考える「影響力の多寡」で、同じメンバーを別の順番に無言で並べていく。人が見ている前で、友人を「影響力のある順」に並べないといけないという、非常にストレスのかかる演習である。

私は、なんと7人のメンバーから、例外なく平均以下のポジションに並べられた。うち4人からは、下から2番目のポジションに並べられた。皆が見ている前で、(影響力がない人が立つ位置である)一番右の方に誘導され、そこに配置されて突っ立っているというのは、結構ショックな経験である。

正直私の自己評価は、真ん中か、真ん中より少し上くらいの影響力かと思っていた。たくさん発言していたし、いろいろと自分の話も告白し、周りの人の告白にも積極的に関った。なのに、このポジション。憤慨した私は、私を「影響力なし」セグメントに配置した人たち全員からフィードバックを求めた。この経験、またその後の多くのメンバーからもらった率直な、でも暖かいフィードバックは、自分が「この環境下」において、どうやってより他人に影響力を行使できるのかを理解するいい機会となった。

授業を通じて見えてきた、「他人から見た」私のコミュニケーション・スタイルの要点は以下。

 ポジティブ面:
   言葉に力がある。思慮深い。人としての信頼感がある。優しい(同情的)。

 ネガティブ面:
   話し方がソフトすぎて、伝わらない。時に回りくどい。
   サポート、反論・提案など、アクションが少ない。

私は角が立つようなことを言う際、周囲の人が感情を無意味に害さないように、前置きをしてから結論を言う傾向があった。特にこれが、「ソフト・回りくどい」と思われて、影響力が低いと思われてしまうという原因の1つということであった。もっとストレートに、強いトーンと言葉で、アグレッシブに、コミュニケーションをとらないと、彼らの耳には私の声は届かない。特に言語にハンデがあるのに、周囲に配慮した政治的な高度な発言をしようとすると、発言自体が分かりにくくなるとのこと。また、周りが自分の発言を理解したか不安なときに、内容をリフレーズすることが多いらしく、それは「冗長」とのことだった。

上記のフィードバックをもらったのち、演劇で芝居の役をこなすような感覚で、自分のスタイルを鋭く、ドラマチックに変えてT-Groupに臨んだところ、多くのメンバーから、「劇的に説得性が上がった」との言葉をもらった。ただその後全員に、自分の「Influence Line-Up」がどのくらい変化したかを聞いて回ったが、依然、結果は多くの人が、真ん中か、真ん中からちょっと上くらいに私を再配置するとの回答だった(もうちょっと上かと期待していたんだが)。底辺から抜け出たことはうれしいが、まだまだである。この授業が終わった今も、もっと「効果的」に、「この人たち」の耳に私の声をとどかせるコミュニケーション・スタイルは、現在も他のクラス、スタディ・グループのコミュニケーションの中で練習中である。

その②:
「マイノリティ差別問題が、如何に身近で、注意すべき問題かに対する感度」


Talkingアメリカ社会におけるマイノリティが、マジョリティ社会や本人自身に対して、如何に根深く、解決しにくい感情、悔しさ、挫折感、怒りを感じているかについての理解が非常に深まった。マイノリティとは、ジェンダー(女性)、人種(ヒスパニック、黒人等)、宗教(モルモン教、イスラム教等)、セクシュアリティ(ゲイ)などで、マジョリティとは、究極的に単純化すると、職場や社会での白人男性。

T-Groupでは、たとえば両親がドイツ人とポーランド人である白人女性の、前職で白人男性のメイン・グループから排除され職場で挫折を味わった話や、ヒスパニック男性が常にアメリカに住んでいて端々に感じている彼らに対する不信感、不尊敬や、モルモン教徒の白人男性が感じる、出身大学や出身地を他人に言う際の恐怖や居心地の悪さなど。いずれも、悔し涙なしには語れないといった様子で、如何に彼らが無力感、フラストレーション、怒りを抱えながら、そのような感情を表情の下に隠しながら生活しているかということが理解できて勉強になった。T-Groupでの誰かの発言に対して、他のメンバーが強い怒りや不快感を表現することが多くあったが、こういったマイノリティ問題、差別問題に対して理解を示さない発言に対しては、特に非常に強い拒絶反応が表現されることが多かった。

たとえば、あるアメリカ人の白人男性が、「あなたの発言が職場で無視されたって言ったけど、それは女性とか男性とかの問題でなくて、もっと強いトーンであなたが発言しないからじゃないの?」と反応した際には、複数の女性陣から強烈な嫌悪感の反応が返ってきた。万が一それが40%50%正しかったとしても、論理の問題でなく、感情のレベルで、非常に強い拒絶反応が起こるのである。

私がショックを受けたのは、こういったマイノリティ問題、差別問題に対する人々の無力感・フラストレーションのレベルが、私が思っていたよりも圧倒的に強烈で、深刻なものなのだという感覚。振り返ってみてみて、実は私自身が差別を受けたことがほとんどないことに気づくと共に、自分のこういった「被差別、マイノリティ化」に関する感覚が如何に乏しかったかに気づかされた。実は日本においても、こういったことは日常的に起きているだろう。人種・宗教ということではなくても、出身大学、出身地、キャリア等。前職のコンサルティングファームでも、東大出身が前提のような雰囲気で、会話が展開するようなことを何度も目にした。マイノリティ、差別とまで大上段に構えなくとも、周りの人に「窮屈な思い」をさせるような発言を、私個人の場合も気づかずに、または気にもせずにこれまで繰り返してきた気がする。自分が人種、出身地、家族等々いろんな要素の中で知らずに得ている「アドバンテージ」について、もっと感度を持って理解するとともに、感謝をして謙虚にならないといけないと感じた。

週末の合宿にてそれから最後に感じたのは、どんな人にもマイノリティの側面があるということ。人種、ジェンダー差別の話題で「悪役」にされてしまった3人の白人男性も、1名は実はヒスパニック系の白人(そう見えない)で、父親が「誇れない」ビジネスをコロンビアでしており、数年前にいざこざで銃殺されてしまい、家族のビジネスや親がいないことに対して非常なコンプレックス・無力感を感じていること、もう1名は実は比較的貧しいアメリカの田舎の家庭に育ち、学校時代のあるトラウマにより、裕福なハイクラスのアメリカ人に対して非常なコンプレックスを抱いているということ、また別の1名は、実はユタ州から来たモルモン教徒で、自分のバックグラウンドを明かすたびにいろんな偏見にさらされ、またあるモルモンの教えと、自分の考えの矛盾に苦しんでいることなどを後々知ると、私を含めて多くの人がステレオタイプした「アメリカ白人男性」の特権的イメージとは、だいぶ本人のイメージが異なってくる。人はある側面では「ビッググループ」に属するけど、ある側面では「スモールグループ」に属することも多く、単純にステレオタイプでスナップジャッジをするのは危険であることも感じさせられた。

その③:
「どんな世界の人間も、人生は平坦でなく、みんな悩んでいるという感覚」


スタンフォードのビジネススクールに来ている学生は、概して頭もよく、オープンマインドで快活で、人付き合いもよく、でも影で努力を惜しまず、話をして、とにかく面白い人が多いというのが、最初に私がこの学校に来て抱いたスナップ・ジャッジメントである。だが、そんな一見優秀で人柄もよさそうな人々が、予想よりも高い比率で、涙なくしては語れないいろんな傷を背負って生きていることを、T-Groupを通じて痛感させられた。それに比べると、本当に私は普通の幸せな家庭に育ったと感謝せざるを得ない。

葡萄畑と愛車印象深かった問題としては、まず、家族の問題。親が離婚しているクラスメートが、8人中3人。そのうち1名は、父親を銃殺事件で亡くしている。またもう1名は、兄弟がドラッグ中毒。親の離婚は、本人の育成にとても大きなインパクトを与えるし、それにまつわる悩みを抱えているクラスメートから、多くの心が痛む話を聞いた。妹が身体障害者になってしまったイタリア人女性の話。それから、先に述べた人種差別、男女差別の問題。黒人、ヒスパニックのクラスメート、また複数の女性から聞いた、被差別経験の話。非差別経験が本人の精神、自信に与えるインパクトは非常に大きいことを理解する。それからゲイ、宗教の問題。

そこまでインパクトが大きくなくとも、多くのクラスメートが、競争社会で生きてきたストレス、副作用を口にした。前職でストレスから発狂しそうな生活を続けながら、ビジネススクールに受かって、ようやく「息ができる」とよろこんだこと、幼少期からの親からのプレッシャーで、感情を押し殺して競争を戦い続けてきた結果、感情をあまり感じられなくなってしまったドイツ人男性など。それから皆が同意して盛り上がったのが、ここスタンフォードのビジネススクールでも、「周りの人は自分よりも上手くソーシャライズしている」という勝手に自分で作り出したプレッシャーのもと、パーティを一生懸命梯子し、また「皆は自分より他のクラスメートを知っている」というプレッシャーのもと、120%の笑顔でいろんな人と精力的に関係構築する(特に1年目の)生活のストレス。最後のストレスは半分冗談としても、とにかくT-Groupのクラスメート全員が、どんな国、背景から来ているかに関わらず、その中身では、大なり小なり悩みを抱えながら人生を送っているんだな、ということを強く感じた。

その④:
「人をステレオタイプで判断する無意味さと、可能性を見て接する威力」


すでに上記のコメントの中でいくらか触れていると思うが、本当に人は、他人をステレオタイプ、自分の経験からのスナップ・ジャッジメントで判断し、なかなかその判断を覆そうとしないものである。多くのクラスメートが、T-Groupの中でそれぞれのクラスメートに対して最初に下したスナップ・ジャッジメントと、それが如何に実際は不正確であったかを、次々に告白した。そういう私自身も、2人のファシリテーターを含めた9人を、T-Groupの1日目から非常に強い色眼鏡をかけて判断していた。たとえば、具体的に1日目に私が各メンバーに抱いたスナップ・ジャッジメントの例として、

・白人男性A:IQはすごく高いけど、EQは低いな。自己中心的なアメリカ人男性。アメリカ人の中ではそれでも結構成功しちゃうタイプ。自信満々で、きっと周りの人がどう感じてるか分かってないんだろうな。本当にリーダーになるには、あそこを変えないとだめだろうな。

・ドイツ人男性:我が強いが、実は自信がないタイプだな。1対1のつきあいより、多数の人間との希薄な人間関係で力を発揮するタイプ。ただ、根はいいやつだろうな。独特のユーモアのセンスと、論理的な思考に支えられた、強い自分の意見を持っているな。

などなど。しかし、2週間を通じていかにこのスナップ・ジャッジメントが誤りであるかを痛感させられた。たとえば私がEQが低い、とジャッジした白人男性Aは、その後のT-Groupで、素晴らしいほどの「人の意見を聞く力」と、「努力して自分を変える力」を見せてくれた。いずれも私が想像だにしなかったことで、2週目の後半には、私のネガティブなイメージは消え失せ、非常にバランスの取れたクラスメートの姿が目の前にはあった。ドイツ人男性も、2週目の初めに、非常にダイナミックな変化を見せた。冒頭から「私は感情が嫌いだ」と豪語していたのだが、感情の力に目覚め、皆から冗談で「マザーテレサ」とあだ名をつけられるほど、相手の感情や痛みに対して慈愛と理解に充ちた態度を示し始めたのだ。2週間後には、自信とバランスに充ちた、温かみにあふれた表情をもったドイツ人の姿が目の前にあった。

人を勝手な自分の経験やステレオタイプで判断してしまうのではなく、あなたのことはまだ知らないが、あなたは素晴らしい人間だろう、という、可能性を見て人と接することが大切だな、と感じさせられた。また同時に、ここに来ている学生の本当の意味での質の高さ(IQ/EQを含めた)に、感動を禁じえなかった。

その⑤:
「離婚せず、幸せな家庭を築くために駆逐すべき多くのトラップへの理解」


講義や課題の中で、結婚に関する権威であるGottmanについていろいろと学んだのは、興味深かった。アメリカでは離婚率が上昇を続け、1989年の調査では「初婚」の67%が失敗(離婚)に至るという結果がある。また、離婚は本人の寿命を平均で4年間短くし、また子供がいた場合、彼ら子供の寿命が平均で8年間縮まるという。そのような弊害が多い「離婚」に対し、彼は、どのようなカップルが将来成功し、どのカップルが離婚するかを、90%以上の割合で当てることができるという。

ひとつだけ面白かった話を書くと、彼の3,000組以上、15年にわたる夫婦観察の結果、彼が発見した一つの「魔のサイクル」について。

食事のひとときまず、夫婦間で夫婦間の問題を最初に持ち出すのは、ほぼ確実に女性の方だという。また、女性が精神的、感情的なつながりを夫に求め、また持ち出した問題に対する夫の認知、反応を求めるのに対して、非常に多くの夫が、夫婦間の問題の議論を避けようとし、無感情、無反応になったり、話題を避けようとするという。これは、女性が小さなころから相手との感情的なつながりに重きを置いて友達づきあいや遊びもするのに対して、男性は小さなころから競争やゲーム、アドベンチャーに興味を感じ、友達は一緒にそれをする仲間という位置づけにあり、個人同士の感情的な会話の扱いに慣れていない点があるという。

男性のこの「Stonewalling(無反応・無感情)」は彼が指摘する4つの「夫婦間で注意すべき反応」の1つだが、観察されたstonewallingの85%は男性によるもので、このStonewallingは女性の精神を逆なでする結果になるという。男性がより無感情、無反応で話題を避けようとするほど、女性のテンション、ストレスは増し、より男性に対して感情的になり、反応を得ようとする。より女性が感情的になり、持ち出した話題に反応を求めれば求めるほど、男性は居心地が悪くなり、より話題を避けようとする「魔のサイクル」にハマっていく。この、女性の感情的な反応+男性のStonewallingの「魔のサイクル」は、失敗するカップルにおいて典型的に見られるサイクルだという。

この男女の根本的な、感情に対する許容度・熟練度の違い(個人差は大きいけれど)のほかに、彼が研究を通じて発見したことに、男女間の性交渉と、家事の分担という2つの要素が結婚の成否には強く関わるという。

男女の性交渉に関する願望が大きく異なることは、Gottmanに関わらずいろんなところで指摘されているが、家事の分担という視点は、新しくて面白かった。奥さんを家政婦のように扱う、家事をしてもらって当然と考える夫を持つ夫婦は、性交渉に関してもお互い満足のいく生活を送れていないことが圧倒的に多く、またそのような夫婦は、夫婦の信頼関係においても脆弱になる傾向があるという。また通常、夫は自分の家事分担を過大評価する傾向があるという。「私は家庭で家事を分担している」という夫の平均家事分担時間は、1日4分間だという。ただ一方、家事は妻が夫を批判する大きな舞台にもなる傾向がある。たとえば、

「またあなたは皿を重ねて!油っぽい皿は重ねたら洗うのが大変でしょ。何度言ったらわかるの?」
「靴下はちゃんと裏返して畳んでって言ったでしょ?」
「マヨネーズ、どこにやったの? 冷蔵庫のドアの上に置いてって、なんど言ったらわかってもらえるの?」

等々。アメリカのリベラルな家庭においても、またキャリア志向の女性であっても、「理想の妻」「理想の母親」に対するイメージは潜在的に強く持っている模様で、夫が台所や家事でしでかす行動については、いろいろと批判を加える対象になりがちだという。そして、なかなか夫が言うことを聞いてくれない場合、リベラルな女性であっても、自分で家事を受け持つことに大きな違和感はないという。
たとえば、夫が日曜の朝に家族の朝食を作っているところに、助けようと妻がやってきて、

「あなた、玉ねぎは縦に切らないと。そういう切り方じゃだめでしょ。」
「ほら、ちょっとどいて。お湯が熱いから気をつけて!」
「あ、ほら、パンが焦げてるじゃない! バター早く塗らないと!」

等々。妻は助けているつもりだが、夫はいろいろと批判されているように感じ、だんだんと居心地が悪くなった夫は、やがて妻に料理を任せて居間に戻って新聞を広げてしまう。妻は、「はぁ。なんで行っちゃうわけ?結局私が作らないといけないわけ?」と内心思いながら、朝食を仕上げてしまう。

こういった感じで、なんとなく女性が多くの家事を実施してしまうケースが多いものだが、一方で、家事の分担(朝食の共同準備)をうまくやっている夫婦は、共同作業を通じての妻の満足度も高く、また性生活においても満足度が高く、将来的にお互いの関係もうまく続く傾向が高いという。

男女の差に焦点を当てながら夫婦生活を科学的に分析するGottmanのその他の研究の多くも、いろいろと面白い視点を提供してくれて、非常によい勉強となった。(今回、男性側の問題(Stonewalling)を主に取り上げたが、女性側の問題も多く触れられている)
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週末の合宿にてStanfordの名物授業の1つである、Interpersonal Dynamicsを受講した。これは、代々いろんな先輩からも聞いていた授業で、入学前からぜひ受けたいと思っていた授業の1つであった。多くの参加者が授業中に涙を流すという、ちょっと外から見ると宗教めいた授業でもある。

授業の内容は、自分という人間の在り方、また他の人間との関わり方を見つめなおすというもの。ロジカルシンキング、問題解決などに走りがちなIQ偏重の(特にアメリカ人の?)MBA学生に、もっと本質的な、「人間力」の一部でもある、自分や他人の「感情」を理解し、うまく扱う力、また感情の取り扱いを含めて他人とより効果的に関わる力を養おうというものである。日本人にとっては多少なじみの深い領域ではあるが、グローバルな学生の中でこれをやろうと思うと、いろいろと新しい発見、事件が勃発する。

私は今年から始まった新しい形式、2週間での短期集中形式で受講をした。普段は1学期間に渡って授業が展開するが、この形式は、2週間、毎日、また週末には合宿も含め、短期間で授業を履修する。

濃厚・濃密な「T-Group」
授業は、月曜から金曜まで、毎日午後3時から夜10時半までなんと一日7時間半!最初の1時間半は講義形式で、人間関係や心理学に関するいろんな学説を学んだ上で、残りの大半の時間は「T-Group」と言われる少人数のグループで時間を過ごす。そして週末には、大学から2時間くらい離れた海の家を借り切り、金曜夜から日曜の午後まで、食事のグループ自炊も含めてT-Groupでみっちりと過ごす。T-Groupは、6-8人の学生と、2名のファシリテーターによって構成され、そこで毎日5-6時間何をするかというと、基本的には何もテーマが設定されていない。存在するルールは、「今、この瞬間」のお互いの感情を表現しあうことと、決められた時間、グループは時間を一緒に過ごさないといけない(逃げられない)2点。誰も話さない沈黙が続くこともある。

週末の合宿にてT-Groupの様子を、少しだけ抜粋して書いてみたい。

1日目、初めてのT-Groupが始まって2時間ほどが経った。あるメンバーが、ファシリテーターに「このコースを通じて、個人的に何を得たいと思っているのか」という質問をしたのに呼応して、中国人男性のファシリテーターが、自身のコンプレックスについて告白をした。彼は、自分に自信が持てず、また今も持ち切れず、苦悩していることを等身大に告白してくれた。彼は中国に生まれたあと、親の仕事の関係で、常に引っ越しで場所を転々とし、また顔・姿も美しくなかったため、なかなかその都度新しいコミュニティで友達の輪に入ることができなかったという。且つ、彼は次第に自分が女性に関心を持てないことに気づき、ゲイであることに気づいていく。当時ゲイであることは社会的に今ほど理解がなく、自分自身、普通の人間でない価値のない人間だという苦悩を抱えるようになる。その後救い求めてクリスチャンに改心し教会に通い、子供と遊ぶボランティアなどで精を出すようになるが、教会が彼がゲイであることを知ると、親の評判を恐れた牧師さんから子供とのボランティアをやめるように勧告され、またゲイでなくなるように祈られ、結局彼は教会を後にしたという。その後転々と教会を渡り歩き、神様への信仰と、ゲイである自分との板挟みに苦しんだという。常に転々としながら、誰にも受け入れられない経験を続けるうちに、次第に自分は他人から受け入れられるような、価値のある人間だと感じることができなくなったという。

そのような告白に対して、周りの数人から深い同情、慰め、告白の勇気に対する感謝の言葉がかけられる。このような会話を契機として、T-Groupはその後多少重い、同情と悲しみがまじりあったような雰囲気になる。また他の学生も、彼の告発に触発され、自身のコンプレックスやトラウマについて少しずつ告白を始める。重い、同情と悲しみの混ざり合った雰囲気が部屋を包む。そのような会話が続き、2時間ほどが経過した。

小さな自宅(1階のリビングルーム)そんな中、あるドイツ人が堪りかねたように発言する。

「遮って申し訳ないけど、我慢できないので発言するね。こういう重い感情が渦巻く空間というのは、実は一番嫌いなんだ。自分も分かるよ、だとか、理解できるよだとか、優しい言葉を掛け合って、フワフワと会話をする。この雰囲気には正直寒気がする。自分は昔からこういう感情がまわりで渦巻くと、立ち去るか、無視をしてもっと価値のある”タスク”をこなすことに集中するよね。」

それに呼応するように、静かだったあるアメリカ人が、ちょっと乱暴な口調で発言する。

「賛成! というか、なんでこんな沈滞した雰囲気なの? 俺はさっきからずっと早く帰りたいって思ってたよ。隣のグループ(隣の教室)は大きな笑いが起きたりしていて、なんでうちはこんなに重くるしい雰囲気なんだろうって。嫁も子供も待ってるし、早く帰って寝たいね。正直疲れたよ。」

この発言には、正直、場が凍った。その後、彼の発言に対して不快感を抱いた周りの学生から、いろいろと「今、この瞬間」の感情を表現するコメントが飛ぶ。

「友達だから言いづらいけど、正直、あなたのいまの発言に私は傷ついたわ。みんな時間を割いてここにいるわけでしょ? なのに隣のグループがどうかだとか、自分は疲れたから帰りたいとか、正直、他の学生を見下しているような発言だよ。同時に、あなたに対して、ものすごく自分勝手で子供じみた人っていう印象をもったわ。こう言っている今も、だんだんと強い怒りの感情を感じてる。」

「強い表現で申し訳ないけど、あ、またアメリカの自分勝手な白人が自分勝手なことを言っている、って感じたね。疲れているのは理解するし、嫁と子供の話も自分も立場は同じだけど、俺だったらいくらそう感じてもあんな言い方はしないよ。自分ならもっと周りの人の感情を考えるよ。俺も同様、正直、怒りを感じたよ。」

食事中このアメリカ人の衝撃的な発言に対して、グループのメンバーからコメントが次々と続く。多くの人が彼の発言に対してネガティブな感情を口にし、またどうしてそのように感じたのかを、ファシリテーターにもサポートされながら遡っていく。当のアメリカ人も、周りの反応に驚きつつも、自分の発言がグループに与えたインパクトを初めて悟り、ファシリテーターに促されながら、周りの反応を聞いた今、どんな感情を抱いているか、またなぜあの時あのような発言をしたのかを自分でさかのぼり、自分や他人に対する理解を深めていく。

このようにして、普段は表現せずに心にしまっておくようなお互いへの「今、この瞬間」の感情を素直に発信しあい、吟味していくことで、自分の発言や行動が他人にどういう影響を与えているのかに理解を深めていく。そして、だんだんと効率的な人間関係についての理解を深めていく。

最初はぎこちなかったT-Groupも、衝突を繰り返し、またお互いに悩みや本音、プライベートの悩みなども含めて告白を繰り返していく内に、グループ内には大きな信頼感が築かれるようになる。週末の合宿では、非常に濃密で、等身大、本音ベースの有意義な会話を経験できた。このような機会に恵まれ、いろんな国のいろんなバックグラウンドの人間が、どんなことで悩み、どんなことにどういう感情を持つのかについて、徹底して理解を深められたことに対しては、非常に価値のあることだったと思う。特に、普段深い付き合いをしにくい、外国人に興味を持たないようなアメリカ人たちが、どういうことを考え、悩み、どんな感情を持って生きているのかに対する理解が深まったのは、非常に大きい収穫だった。

この授業を通じて個人的に得られたものを、次の稿に、備忘録として記しておきたい。
NapaのOpus Oneにて9月下旬より、いよいよスタンフォードでの2年目のMBA留学生活が開始した。
多くのビジネススクールの学生は、1年目はSchwabというon campusの学生寮で過ごし、2年目は気の合う友人3-5人で一軒家を借りてoff campusに住む。私も中国人、インド人と私の3人でoff campusに住むことにしていたのだが、これまた自宅探しの最初からドタバタの珍道中となった。

1年目の終りに3人で住もうと話をしていたものの、中国人は車がないので自転車で通える距離がいいといい、インド人はローンが厳しいので最高でも$1,200しか出せないという。キャンパスの近くでそんなに安い家などなかなか見つからず、結局ドタバタのまま、家が定まらずに夏休みに突入してしまった。夏休みは、中国人は中国のベンチャーキャピタルでインターンをし、その後はロサンゼルスでSignificant otherと過ごし、インド人はフロリダでコンサルティングのインターン、その後インドで世銀の仕事をしており、私は私で日本、ヨーロッパと駆け回っていたので、誰も家さがしができない状況。しかも2人は学校が始まる翌日に帰ってくるということで、私が3,4日早めにキャンパスに戻り、3,4日で力づくで家を探し、ホームレス化の危機感を背負いながら契約するということになった。

小さな自宅その3,4日は友達の家に泊めてもらったのだが、初日は3ヶ月間放置していた愛車のBMWのバッテリーが上がり(当然だが)全く動かないは、スーツケースがロンドンで飛行機に乗せられず、結局4日間にわたって届かずに着替えが全くないわ、そのスーツケースに大切な留学書類が同封されていたため、サンフランシスコ空港のimmigrationで3時間ほど足止めを食うことになったりと(住所未定なのがさらに疑念をあおったらしい)、踏んだり蹴ったりのスタートであった。

そんなわけだが、奇跡的に学校から自転車で20分、車で5~10分のMenlo Park(ベンチャーキャピタリストが沢山住んでいる高級住宅地の「近く」)に3BRの激安物件を見つけ、授業開始の2日前に契約を済ませることができた。一人頭10万円弱。ここのあたりでは破格の値段である。

それにしても他のビジネススクールの友達の住んでいる家には驚かされる。2年生になると、毎週のようにそれぞれの学生が済んでいる家でホームパーティーが開かれるが、先週、今週と普段仲良くしている多くのアジア人学生の家にお邪魔して、その豪華さに驚かされた。我々は質素な(といっても日本の感覚からすると、非常に広いし、個人的には大満足)家に住んでいるが、他の多くの学生は、15万円前後を払い、キャンパスから車で15~20分の多少遠いところに4-5人で家を借りることによって、非常にラグジュアリーな家を借りている。豪華な中庭に、噴水、バーベキューセット、日本ではリビングルームかと思うくらいの広さの個室に、横に寝られるくらいの広さのシャワールーム。こんな生活をしてしまったら、日本に戻れないと思う。3日間で借りた家なので文句は言えないが、周りの人の豪華な家を見てから小さな自宅に帰ると、ちょっと悲しいような、羨ましいような感覚がわいてくるから、面白いものである。アメリカのホームパーティーによる自宅自慢大会、成功者の証は豪邸に住んでパーティーを投げること、というのは理解していたが、実際自分たちが当事者(といっても誰も成功者ではないが)になると、こんな感じで反応してしまうんだなぁと、興味深く思う。

うちのルームメイトの中国人がとにかくケチなので、最初は家具も安いものを最小限だけ買っていたのだが、豪華なホームパーティーを経験するうち、少し見栄を張りたい気持ちが駆り立てられ、もう一つだけソファーを追加で買ってしまった。

自宅での小さなホームパーティにて先週の金曜には、自宅で初めてのホームパーティーを主催。多くの人数は呼べないので、12人程度の近しい友達を呼び、寿司とインドカレーをごちそうした。2年目は、大きなパーティーに翻弄された1年目とはまた違った、「気の合う友達とより深く付き合う」、そんな年になるのかもしれない。

ちなみに誤解なきよう。勉強は2年目になっても非常に忙しい。それに、リクルーティング活動がこの不景気の中、過酷な感じで始まっている。授業に関しては、非常に面白い授業を経験したので(2週間の短期集中授業)、また機会を見つけて書いていきたい。
ジョットのフレスコ画イタリア人と話をしていて口をそろえて不平をいうことがある。ひとつは経済状況の悪さだが、もう一つが政治の機能不全。

経済状況だが、とりあえず若者がイタリアで就職できないとのこと。ロンドンには多くのイタリア人が英語を学びに来ていたが、その背景としては、英語を学んでイタリア外に出ないと、職がないとのことだった。物理の研究者であるミケレも、政府が研究への予算を削減したため、しばらくは自腹で研究を続けなくてはいけない状況だという。

しかし興味深かったのが政治の状況。今回イタリア旅行では4人の友人にお世話になったが、全員が口を揃えて政治の機能不全を嘆いていた。とりあえず、政治家が仕事をしないという。イタリアの政治家の半分以上は学位を持たない人々で、汚職がはびこっているという。また、政治家が汚職をしても罰せられないという、政治家を刑罰の対象外にするような法律が成立してしまい、誰も政治家を段丘できない状況とのこと。しかも、政治家への牽制機能を果たすべきメディアも、1人の人物によって大方のメディアが抑えられてしまっているため、ろくに政治批判などができないとのことだ。ニュースなどでもキャスターが政治に批判的なことを言ったり、その人物が気に入らないような行動を目立ってとってしまうと、圧力がかかって首になってしまうとのことだった。イタリアのテレビはつまらない、と他のイタリア人も言っていたが、このコントロールが背後にある模様だった。

ミランのドゥオモそれから医者のアンドレアが言っていたのは、エア・イタリアの話。完全にエア・イタリアは経営破綻している状況だが、雇用の問題があり、政府が大量の公的資金を投入し、しかも政治家の圧力で一向に航空会社自体の体質改善は進まないという。大量の雇用を守るため、巨額の資金が毎日借金に垂れ流されている状況なのに、誰も何もできない状態だと嘆いていた。しかもこれは日本でも一部見受けられることもあるが、政府施設などで働く公務員の勤務意欲が非常に低く、既定の時間前に受付を閉めてしまったり、弁護士のサラの話では公務員にある手続きをお願いしたところ、率直に面倒なのでやりたくないのでと断られ、代わりにサラ本人が仕事を代行する代わりにお金(税金)を払うという対応をされたことすらあるとのことだった。

おしゃれな街私は昔よく、「これからは経済だけでなく、日本は政治の時代になる」と周りの友人に話をしていたことがあったが、その気持ちは今も変わらない。経済が元気でないとならないことは確かだが、一方で、中国・アメリカのパワーバランスの変化、国内の貧富の差、少子化、高齢化などの社会問題のクロースアップといった流れの中で、これまで以上に、若い優秀な人材が政治にも行ってくれないと困ると思っている。これまで高度成長期、その後のバブル崩壊とそれへの対応・変革の10年は、基本的に経済に集中していれば大方問題のなかった平和な時代であったが、今後はやはり政治がわれわれの生活を考える上でも大きな意味合いを持ってくる部分が増えてくると思う。いずれにせよ日本の政治も相当程度ダイナミックに改善される必要があるが、イタリアの政治も相当に深刻な模様だ。
レストランに向かう道ロンドンからイタリア入りしたこともあり、とにかく食には飢えていたので、訪問する先々で、友達に一番おいしいイタリア料理を食べさせてくれと注文をして回った。日本ではまだあまりなじみのないフレッシュパスタなどを食べたことは先に書いたが、中でもとびっきり最高だったのが、レストラン経営が夢というトリノ在住の46歳救急医療ドクター・アンドレア(仮称)に連れて行ってもらったレストラン。トリノから車で1時間ほど走った田舎町にある、Osteria Del Boccon Divinoという、スローフードのレストラン。 看板も地味で、真っ暗な細い道の脇に入ったところにあるレストランで、現在イタリアで流行っているというスローフード(彼曰く、素材から何から、昔ながらの自然な方法で栽培・育成したものを使い、それぞれの素材において最高のもの、かつ環境にやさしいものを集めて作るという料理、とのことだった。ミルクなら、××産のミルク。このチーズなら、このハムなら、と、イタリア各地から最高のものだけを集めて作っているということらしい。ファーストフード&グローバリゼーションに対抗する形で、地元の素材、エコ、最高の素材などにこだわりを持つトレンドとのこと。かたつむりのマークがトレードマーク)というものらしいが、ここで食べた料理が本当に最高だった。

1品目一品目は、前菜の盛り合わせ。なんと、胡椒が効き、肉の甘味と豚肉のワイルドな香りが口に広がる生の豚肉のソーセージ、脂肪部分と一緒に食べる、溶けるような口当たりの生ハム、そして柔らかい牛のたたき。何より、人生で初めて生の豚肉を食べた。豚ではなく、ワイルドポークという、正確には別の品種のものとのことだったが、そのことをアンドレアに言うと、「刺身を食べる日本なのに、豚は生で食べないのか」と勝ち誇った笑みを浮かべていた。このワイルドポークと、溶けるような生ハムの味は特に、今でもすぐに再現できるほど覚えている。

2品目二品目は、ニョッキとパスタ。ニョッキはトマトソースベース。何よりパスタがおいしかった。これは前にも書いたエッグパスタ。正確にはタリアテッレで、これが非常に弾力があってしっかりした食感で、また細かく切られたパスタが甘くてコクのあるトマトソースとうまく絡んで、非常においしかった。ニョッキはこれまでそれほどたくさん食べたことはないので、比較感がないが、じゃがいもの自然な香りと、とろけるような食感、もっちりとした歯ごたえが非常に印象的だった。

3品目 うさぎの白ワイン煮三品目は、うさぎの白ワイン煮と、ビーフの赤ワイン煮。ビーフはトスカーナの有名ワイン、ボローロで煮込んだものだという。しかしビーフは日本でよく食べるおいしいビーフ煮込みとさほど変わらなかったが、うさぎの白ワイン煮込みがとてもおいしかった。ちなみに、ワインはアンドレアがお勧めのDolcettoというブドウのワイン。樽の香りがしっかりついていて、独特の香りをもった不思議なワインだった。それからアンドレアは個人的に好きでないとのことだったが、お約束でバローロをグラスで注文。初めてバローロを飲んだが、非常にアルコール感、刺激、タンニンの強い、かつ土のような香りが非常に強い個性的な味だった。すでに淵がオレンジがかってきている年代ものだったが、正直私にもインパクトが強すぎて、それほどおいしいとは思わなかった。

4品目 パンナコッタ四品目が、デザートとして、パンナコッタとチーズのプディング。このパンナコッタが、アンドレアが「世界最高のパンナコッタ」と言ってはばからないもの。原料のミルクから何から、すべて最高のものを調達しているとのこと。おっしゃる通り、非常に濃厚でねっとりとしており、口の中に凝縮されたパンナコッタ独特の香りが広がる様子は、これまで食べたパンナコッタとは大きく違うものだった。このパンナコッタの印象が強かったためか、チーズのプディングは普通においしいという感じであった。

さて、そんなイタリアで食べた最高のディナーのお話でしたが、このイタリア人医師が、かなりの食通(夢がレストラン経営ということだから当然だろう)。彼がお昼に連れて行ってくれたカフェに、とてもかわいいお菓子がたくさん並んでいて、思わず写真を撮ってしまった。日本人から見ても一口サイズのかわいらしい大きさのパイ生地・パンに、いろいろなトッピングが乗っている。このサイズ、このデモンストレーションは、イギリス人には無理だろうと思った(アメリカ人でも同様)。ここは彼が「(また)世界で一番おいしいエスプレッソを飲ませてやる」と言って連れてきてくれたところなのだが、これまたお菓子もおいしく、結局2度通ってしまった。

おいしいお菓子とエスプレッソトリノは、個人的にはミランよりも気に入った。ミランはファッションの街ということで、ミランのブランド街のショーウィンドウの華麗さ、独創性にはすごいなぁと思ったが、食に関して言えば、アンドレアの案内がよかったからだろうか、非常に繊細な食が多いような印象を受けた。(ミランでは弁護士の友人とその彼女と3人で地元イタリア人に一番人気といわれるお店に連れて行ってもらったが、正直ピンとこなかった)。

最後に酔いが回ってきた頃にお医者さんのアンドレアが、トリノ郊外のスローフード・レストランでウサギの白ワイン煮込みを食べながら言った一言。

「こうやっておいしいイタリアワインと料理を食べていると、イタリア以外のすべての世界の人々が不幸に思えてくるね」。

うーん、あの晩のディナーは忘れられない。。。
アシッシの路地現在、再びスタンフォードに戻ってきたが、その直前、イタリアに滞在した。ロンドンで知り合ったイタリア人の知り合いをめぐって、ミラノ、トリノ、アンコーナ、カメリーナ、アシッシ、ローマと、北部イタリアの大都市・田舎町を転々と巡ってきた。イタリア経済は近年非常に厳しい状況にあり、国として決して順風満帆というわけではないが、そこには誇りと共に、生き方を変えないイタリアの人々の姿があった。

どの都市・田舎町に行っても、皆自分の町のことを誇りに思っているのが、印象的だった。ミラノ、トリノ、ローマといった大都市はともかく、小さな港町のアンコーナ、人口1万人未満の小さな大学町のカメリーナなど、普通の観光客は行かないような町であっても、そこには11世紀、12世紀からの門、教会、城など、昔から残る多くの建造物が町には残され、そして彼らはそれを誇らしげに案内してくれる。アンコーナでもカメリーナでも、多くの場合、伯爵が建てた城が丘の上にあり、城壁に囲まれる・その外側も含めて城下町が形成され、その中央に町の中心となる教会が建っているケースが多いようだ。イタリアの地形は山がちで起伏が激しく、丘の上に町が築かれるため、町も当然坂道が多く、石造りの家々の間を、いかにもイタリアらしい細く曲がりくねった小道・階段道が続いているような、そんな絵画で見た様な風景をいたるところで目にすることができる。

トリノの街並みカメリーナは、イギリスのケンブリッジと非常に似ている、町と大学が一体化した、14世紀から続く昔ながらの大学町である。町は1万人未満で、学生が夏に去ると人口が半減するという、大学以外に何もない街である。2泊そこで泊めてもらったミケレ(仮称)は、物理学の研究者で、妹が大学で法律を教える助手、お母さんが大学で事務を手伝い、お父さんは大学の年金保険の運用会社に勤めているという、まさしく「大学」で出来上がった家族であった。町は昔ながらの石造りの建物をそのまま利用し、校舎も講堂も教室も、まさしく14世紀からの遺跡そのもの。ケンブリッジも美しいと思ったが、この坂道だらけの地形に、両側を石造りの建物に囲まれ細い階段道がくねり歩く雰囲気というのは、イタリア独特のものなのだろうか。ミケレは、「見るのは美しいけど、実際は坂が多くて大変だよ。道も昔の馬車道の幅のまま(両側に石造りの建物が建っているので拡張できない)だから一方通行ばかりで幅もぎりぎりだし」、とのこと。ただ、この町に住むことを誇りに思い、これだけ訪問する人に紹介できる歴史的なものがあるというのは、やっぱりヨーロッパは素晴らしいなぁと感じてしまう。

家庭での手作りパスタイタリア人は、あまり働かない。週36時間労働が基本で、多くの人が、基本朝8時から午後2時までしか働かないとのこと。週に2日は36時間を満たすため、昼食をとったあと午後4時から午後6時までさらに2時間働くというが、午後2時に仕事が終わってしまうのは、ちょっとびっくりである。友人いわく、「昼食は家族にとっても大切なものだからね」とのこと。ローマやミランなどの大都市ではそうはいかず、ローマで投資銀行に勤める別の友人は、われわれと同じような過酷な生活をしていた(そのため夜11時からしか彼とは会えず、夜中2時まで夜の街を車で案内してくれた。。。)が、大多数の大都市以外に住むイタリア人にとっては、昼ごはん、夜ごはんを家族と一緒にとるのが大切であるとのことだった。特に夕食の時間は伝統的に家族にとって非常に重要な時間であり、ほとんどの友人が家族と夕食をほぼ毎日一緒にとるとのこと。そんな訳か、多くの友人がイタリア料理の話になると、結局最後は「母親の料理が一番」と語気を強めていたのを思い出す。確かにカメリーナでは、友人の母親自慢の手作りパスタ(卵の入ったフレッシュパスタ)、庭でとれた野菜、葡萄など、レストランとは違った素朴でおいしい、太陽の恵みを感じるようなおいしい食事をいただいた。

ミランでもトリノでも、ローマでも、都市そのものが遺跡と言っていいほど昔ながらの建物、遺跡、教会に囲まれ、現代の生活と調和させながら生活している友人たちの姿があった。アンコーナ、カメリーナ、アシッシといった田舎町では、それぞれの町に誇りを持ちながら、昔ながらの素朴な生活を続けるイタリア人の姿があった。ロンドンでも感じたことだが、アメリカとは違ったヨーロッパの良さを感じる素敵な旅だったと思う。
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