Stanford MBA 心の旅路

Stanford大学でのMBA(Stanford GSB)留学に奮闘する、外資系経営コンサルティング・ファーム勤務の若者の心の日記blog。 コンサルティングの仕事、MBA受験からスタンフォードGSB合格、スタンフォードMBA生活、帰国にいたるまで。

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インド旅行についてもう一つ。タージマハルは、やはり素晴らしかった。その規模といい、美しさといい。デリからバスで数時間走ったアグラという街にタージマハルはある。我々は4時間以上、日没まで彩を変えていくタージマハルに魅入っていた。

昼のタージマハルこちらが昼のタージマハル。白が美しく映えている。そして日が傾くと、タージマハルは次第にオレンジ色に変わり、影が美しく立体感を与えてくれる。そして日没。噴水がなくなり池が静かに波紋を消すと、重い青に変わったタージマハルの美しい姿を噴水湖の中にも見ることができる。4時間以上いても、見飽きない壮大な姿である。

さて、外側から見た美しさはいろんなテレビ番組や写真で目にしてきたが、それ以外の点で、行って経験した面白かった点を4点ほど挙げたい。



夕方のタージマハル日没のタージマハル
1.内側は意外とこじんまり。
外側の壮大さに比べ、内側は比較的小さく、中にはシンプルで小さな棺の模型が飾られているのみである。中に入るまでには靴を抜いてタージマハルに上がり、長い列を待って入らないといけないのだが、外側の感動に比べると内側は意外にシンプルであった。

2.タージマハルは、足の匂い。
美しい壮大な外観と打って変わって、タージマハルに近づくと、タージマハルは足の匂いがする。そう。皆が靴を脱いでタージマハルに上がっているうえ、タージマハルの上は非常に人口密度が高いので、皆の足の匂いが全体を覆っているのだ。次第に慣れたが、これは厳しい。

3.インドらしい騒乱が発生。
タージマハルの内側を見るために非常に長い列ができており、インド人、外国人を含めて並んで順番を待っていたかと思うと、信じられないハプニングが発生。何をきっかけにしてか、急にあるインド人が列を無視して入口に群がり、勝手に入り出したのだ。その途端、さすがインド、モラルが一気に崩壊し、数百人の群衆がとっさに入口に向かって殺到し始めたのだ。長い列を待つより、力づくで入口に入っちまえ!ということで、群衆は入口に殺到し、騒乱状態に。我々も相当最後列の方に並んでいたため、この機に乗じない手はないと猛ダッシュで入口に殺到。もはやルールも何もない、正月の福袋争奪戦状態である。我々特攻隊は群衆にもまれ分断されたが、第一陣がなんとか大人2人がなんとか通れる規模のタージマハルの入口を突破したあたりで、軍の警備隊が入口を緊急封鎖。笛が激しく吹かれ、入口を閉ざされた群衆は次第に正常に戻り、事態は収拾したのであった。こんな騒乱も、日本では考えられない。誰かが倒れたらドミノ倒しで死人も出るだろう状況であったが、インドらしい騒乱である。
騒乱(殺到する人々)騒乱(殺到する人々)騒乱(殺到する人々)騒乱(強行に入ってくる人々)騒乱(扉を閉める軍の警備員)
第一陣として群衆を振りきりタージマハルに異常な早さで潜入した私たち4人は、静かな墓標の前にいることに気づく。中は打って変わって静かであった。しかし入口からドバドバと中の神聖な雰囲気に似つかわしくない形相をした群衆が波を打って入ってくるので、ひとまず端っこに群衆をよけるために避難した。すると、そこに一人のおじさんがたたずんでいた。クラスメートの一人が、群衆に踏まれて脱げた靴下を直していると、急におじさんが語り始めた。タージマハルの中をぼそぼそと解説し始めたのだ。どうやら解説者らしい。相当ラッキー。

騒乱が終わってほっとするメンバーこのおじさんが相当強力だった。ペンライトで暗い中を照らし、壁の模様について解説してくれたり、遠近法の逆をとって上の方ほど模様が大きくなっているから、下から見ても大きさが変わらないようになっているとか、いろいろと興味深いことを教えてくれる。しかも、笛をガンガン吹いては群衆を蹴散らし、われわれを最高のポジションに案内して解説をしてくれるのだ。撮影禁止と聞いていた墓標すら、群衆を蹴散らしてベストポジションに案内してくれた挙句、内緒でとっていいよ、との嬉しいコメント。なんと偶然の嬉しい出会い。ラッキー、と思いつつ、一通り案内を終えると、おじさん、ぼそっと「1人200ルピー(5ドル)ね。」。絶句する先陣隊の4人。。。。200ルピーは、インドでは破格の高さである。しかも1人あたり。。。あまりの急展開に、値切ることもできず、4人はしぶしぶ200ルピーを渡してしまった。おじさんの勝利。

4.排気ガスのひどさ。
遠目から見たタージマハル最後は、排気ガス。とにかくインドは空気が悪い。自動車のガスだ。さらに外では暖を取るために貧しい人が紙や木をどんどん燃やしている。そのため、本当に空気がくもっている。この排気ガスのせいで、夕日がきれいにタージマハルに届かず、美しさを半減させている。遠めからタージマハルを見ようとしても、曇っていてきれいに見えない。ほかの寺院に行った際も常に空気の汚さが美しさを大なしにしていると感じる。町中では、スカーフを口に巻いて通学する学生を目にする。本当に、人間の活動って環境に影響を与えるのだな、と強く感じてしまった。

排気ガスを配慮して、デリで走っているバス、トゥクトゥク(リキシャー)は、すべて天然ガスで走っている。このまま人口が増え、自動車保有者がどんどん増えていくことを想像すると、このままでは環境への影響は計り知れないだろう。空気の汚さ、それが美しい寺院を見るときにいつも感じる残念な点だ。
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冬晴れスタンフォードインド帰国翌日から、さっそく冬学期がスタートした。この学期は、全体像・ソフトスキル重視だった秋学期のクラスに比べ、いわゆるMBA的なコア科目がずらりと並んでいる。正直、インドの時差を抱えながら授業に突入したので未だペースをつかみ切れていないからかもしれないが、今のところ宿題量が多く、秋学期よりもやや忙しい印象だ。

今学期私が選択したコア科目は6つ。
 「Marketing Management」(マーケティング)
 「Data & Decisions」
 「Modeling for Quantitative Analysis」
 「Managerial Economics」
 「Financial Accounting」
 「Ethics」(倫理)
もう少しした段階で、各授業の様子なども伝えていければと思う。

ここのところ、連日クラスメートの部屋で勉強している。60人のクラスが固定メンバーだった秋学期と異なり、すべてのクラスでメンバーが異なるので、これまで3カ月経ったけれどまだ知らなかったいろんな人に出会えて刺激になっている。またほとんどの授業で2-4人のスタディ・グループを作り、予習をしたりアサインメントを出したりすることになっているので、秋学期よりもグループワークがどっと増えた印象だ。1人で勉強していると疲れて寝てしまうこともあるので、それぞれ別のことをしていても何人かで集まって一緒に勉強すると意外に深夜まで楽しく勉強できる。ただ、おしゃべりに興じて時間を費やしてしまったりもする。昨日は後者の悪い例で、おしゃべりの挙句、夜にアイスクリームを求めて街に繰り出した結果、その穴埋めに夜中2時まで勉強し、終わっていない予習をこなすために朝6時に起きるというダメ人間的行動をとってしまった。・・・眠い。現在昼休みだが、午後一番のD&Dのクラスで起きていられるかやや心配だ。(授業の予習に徹夜し、授業で寝るというのは本末転倒である)

違ったメンツと、沢山のグループワーク。また秋学期とは違った雰囲気の学期になりそうで、楽しみである。
1週間強のインド旅行を終え、先ほど自宅に戻ってきた。4か月前に初めてPalo Altoの土を踏んだ時と異なり、自宅に戻りほっとする自分がいたりする。インド訪問の日程は以下。

旅行日程Delhi 4泊(12/27~30)
インドの首都。1日目は友人宅に泊まり、2日目から全メンバーと合流。寺院などの観光。タージマハル(@アグラ)と2005年完成のAkshardhan寺院(Swaminarayan)が圧巻。無秩序な道路事情、あふれる人、ひどい排気ガス、貧困。。。インドの混沌の洗礼を受ける。
Goa 3泊(12/31~1/2)
リゾート地。最初2日はSouth Goaのリゾート、最後1泊はNorth Goaに。ホテルのカウントダウンパーティーで新年を迎える。
Bangalore 3泊(1/3~5)
IT産業の中心地。インド3大IT企業のInfosys訪問、クラスメートの自宅&ファミリービジネス訪問。貧困から見事な発展を遂げたKuppam地方の地域経済開発projectの視察。知事と共に学校や工場、病院などの施設を訪問。インドの光の部分に触れる。
Mumbai 1泊(1/6)
商業の中心地。一方アジア最大のスラムも存在。市内観光をし、帰路につく。

旅を通じて感じたことを2つほど挙げたい。

【混沌と繁栄の落差】
期待していた以上に未発展で、中国などと比べると国全体が未だカオスな状態。Delhiの中心地でも道路は汚く、交通ルールは守られず、ビルも手入れが行き届いておらず、町にはホームレス、掘っ立て小屋のような住居がひしめいている。インターネットの普及状況も低く、ほとんどのホテルではネット接続はできず、外のネットカフェを利用せざるをえない。もう少し近代的な高層ビル群が中心地には存在するものと期待していたが、そんなものはほとんど存在せず、狭い道路と車のクラクションの交響曲によるカオスがひたすら街を覆っている。

一方、Bangaloreで訪問したInfosysのキャンパスはGoogle本社を思い浮かばせるほど美しく、また従業員は目を輝かせ、成長への組織されたエネルギーが渦巻いていた。バラのファミリービジネスを手掛けるクラスメートの4階建の豪邸も、各部屋のデザインからインテリアまで非常に洗練されていて、中にいるとインドの無秩序を忘れさせてくれるものだった。Kuppam地方の経済発展Project視察でも、貧困解決の一つの成功モデルを勉強させてもらった。いずれもインドの将来、発展の方向性を示すものであると思うが、未だにこれらは広大な混沌の中の「点」にすぎないという印象を持った。混沌の中のエデンの園。塀に囲まれた緑豊かなInfosysのキャンパスを出た途端、1メートル隣には6-7歳の子供が物を売っており、再び粉塵と動物と自動車がまぜこぜの「普段の景色」が広がっている。友人の豪邸も、屋上のベランダに出たとたん、隣の空地で暮らすホームレスの人々、混沌とした道路と建物、クラクションの喧噪が飛び込んでくる。

混沌と繁栄の落差。混沌の海に点在する孤立したエデンの園。それがインドに来て感じたこと。とにかく社会インフラが未整備で、それでも人で街があふれかえるものだから混沌を生み出している。社会インフラに関しては、政府のイニシアティブも必要であろうが、ここに住む人々のメンタリティにも原因があると思う。町に住む人々の大勢が、より清潔で、便利で、organizeされた生活の仕方を知らない印象を持った。とにかく貧しい風体の人が多く、彼らのメンタリティは、この日を生きること。街全体がカオスで、美しい区画というものがほとんどないから、秩序だった町の姿というものがイメージできない。貧困が減少し、社会全体が底上げされるまでにはまだまだ先が長いな、という印象を持った。

【「11億人のインド人」の可能性】
一方で、計り知れないインドの可能性も肌で感じた。まずは11億人というインド人自体の存在。まず11億人という人数のすごさを、インドに来てみて初めて肌で感じた。とにかくどこに行ってもインドは人であふれかえっている。都心だけでなく、郊外に出ても、人、人、人。この人たち全員を食わせるのは大変だなぁと途方に暮れてしまう一方、人材不足、人材の枯渇という言葉は存在しないくらい、成長に飢えた人々の巨大なプールが存在する。

インドの町並みそれから人材の質の高さ。1つ目が、倫理の高さ。「悪いことはしない」とするヒンズー教が影響しているのだろうが、これだけ貧しい人が多いのに、驚くほどスリや盗難は少ない。人々は極めてフレンドリーで、もちろん商売っ気は極めて高いが、基本的な倫理感は非常に高いと感じた。それからもう一つ感じたのが、組織されたときのインド人の強さ。普段はカオスな町中を見てもわかるように、個人個人がやりたいことを勝手にやっている状態だが、InfosysやKuppamで見たのは、リーダーに率いられて組織された際には、驚くほどうまくインド人同士が協調しあうこと。彼らに言わせると、インド人は極めてコラボレーティブだという。町中のインド人からは創造できないが、うまく方向づけをすれば非常に生産性の高い組織を作れるのだろうという印象を持った。3点目が、文化と言語の面でのアメリカとの近さ。町中でも多くの人が英語を話し、日常会話でもヒンズー語が半分、英語が半分だと言う。カルチャーの面でもきわめて論理好き、オープンで、中国と違って強力な護国主義もない。英語を堪能に操るインド人と話していると、アメリカで教育を受けたのかなと思うほど勘違いするほど違和感なく話ができる。これは非常に大きな武器だと思う。最後に、数学と論理思考の強さ。この旅で直接インド人の数学や論理思考の強さを体感することはあまりなかったが、言うまでもなくインド人の強さの1つであろう。

インフラ面や政府のリーダーシップの面では大きく中国に遅れを取っている感のあるインドだが、インド人の高い倫理、英語力と文化適合性、数学と論理思考の強さといった人材の強さが最大の強みである気がする。Infosysが日欧米の大手SIerに比べても見劣りしない高い質のシステムを構築できるのも、モチベーションが高く、成長に植えた若くて優秀な技術者が容易に調達できる点が大きい。(しかも安価である。)「11億人のインド人」。その存在自体がインド最大の武器であろう。

「ビジョン」+「協働させる仕組み」+「地道なリーダーシップ」?
さて、大きなポテンシャルを持ちつつも、混沌に繁栄が未だ点在する状況のインドであるが、どうやったらInfosysやKuppamで見たような組織化された成功を作り出せるのだろうか。この旅でなんとなく感じた答えは、「明確なビジョンの伝達」と、「個人個人を協働させる仕組みの構築」、そしてそれができる「リーダーシップの存在」である。

Kuppam地方の大学生たちInfosysの例でもKuppamの例でも共通していたのは、明確なビジョンを示していること。Infosysでは外の混沌とは一線を画するキャンパス自体が将来のインドの繁栄を示す象徴となっているし、全く新しいライフスタイルを提示している。Kuppamでは市長が地道に住民に発展の可能性を説き続け、その日暮らし、世帯ごとの目の前の生活しか興味のなかった住民に、未だ見ぬ次のステップの生活とコミュニティの協力による繁栄を提示することに成功した。混沌としたインドの町並みを見ていると、彼らにまず必要なのは、明確な発展の成功例であったり、到達するべきゴールを示したビジョンである気がする。次に、インド人同士が協調できる仕組みの構築。Infosysのメイン・ビジネスはシステムベンダーなので、当然緻密なプロジェクト管理プロセスが設定されているだろう。またKuppamの例でも、農業の振興であれば農村の区画整理からグループ化、農作物の周周・買い取りプロセスまで、また農業以外にも、酪農、学校、病院、住宅、道路と、関連しあうインフラを同時に立ち上げ、これまで無秩序だった住民や機能がお互い協働し、全体として機能しあう仕組みを作った点に成功の秘訣がある。町並みを見ていると、混沌とした雰囲気の中で全くまとまりのない個人個人であるが、なぜかうまく組織化されると、とても秩序正しく機能する模様だ。そして、そのために必要なのが、強いリーダーシップの存在。Kuppam地域の開発の例では、Kuppam出身の知事が、住民に草の根で粘り強く地域の可能性と協調の必要性を説き続け、住民をモチベートし、変化のモメンタムを作り出し、協働する仕組みを実現させていった点が、ほかのうまくいかなかった地域開発との大きな違いな気がする。彼こそが、まだ見ぬものを見せ、人々を勇気づけて導いていった真のリーダーだと思う。混沌に慣れた人々を地道に説き続けながら束ねていく、地味で力強いリーダーシップの存在が不可欠であると感じた。

混沌として個人がバラバラで、その生活に慣れた人々だからこそ、明確なビジョン、協働する仕組み、それらを実現する地道なリーダーシップの3点が必要だというのが、短いインドの旅で感じたこと。それらが揃ったとき、インド人の高いポテンシャルがいかんなく発揮され、InfosysやKuppamのような繁栄を生み出すのではないだろうか。

最後に、インド人とのコミュニケーション上のコツについて。

「自信ありげに+穏やかに+論理的に+強引に」
旅行の仲間まず何よりも自信が大切。買い物でも、相場が分からなそうな、自信がなさそうな素振りを見せた途端、絶対に下げてくれない。相場を知らなくても、適当にゲスしながら、自信満々で「そんな値段はあり得ない。××ルピーだろう」と突っぱねることが必要だ。相場が分からない場合は、馬鹿みたいに安い値段からスタートすると、中間に落ち着くことが多い。何よりも、自信ありげなことが大切だ。

次に、けんか腰になるより、穏やかに、強引に交渉した方がいい結果を得られる。今回の旅ではアメリカ人がよくホテルの人のサービスに対してケンカ腰で抗議をしていたが、そのアプローチでいい結果を得られたことはなかった。それよりは、相手への敬意を持ちつつも、自信満々に、論理的に物事をプッシュする方が欲しいものを気持ちよく得られたことが多かった。

「相手の言っていることを鵜呑みにしない」
疑ってかかることが重要。インド人は質問するととりあえず何か答えるので、それが本当だと思いこまないことが大切。「再入場はできるか?」「できな9い」と言われても、その人が本当に事情を知っている人がしっかり見極めないと、適当に答えていることが多い。買い物でも、同様。ある像の小さな彫り物を買おうとした際、木に埋め込まれている白い模様について、ある店では大理石、ある店では天然石、ある店では正直にプラスチックだと説明を受けたので、正直にプラスチックを教えてくれた店で、なぜ彼らは嘘をつくのかと聞いてみたところ、「セールスマンシップだ。気持ちよく買い物してもらうのが仕事」とあっさり説明してくれた。あまり悪気はない模様である。同様に、たとえばインドで有名な、いい香りのするサンダル・ウッド(白檀)という高級木材から掘られた彫り物は土産物としても人気が高いが、多くのものは別の木材に香りのスプレーをかけて見せかけたもので、帰国後しばらくすると香りは消えてしまうという。買い物でいえば、他にも本物のシルクかどうか、本物のカシミアかどうか、などなど。インド人は基本的にいい人だが、同時にそのあたりはおおらかというか、適当でもあるので、とにかく言われたことを鵜呑みにしないことが大切である。

自信ありげな雰囲気での交渉にせよ、言うことを鵜呑みにしないということにせよ、インドでうまくやっていこうとすると、結局は交渉の相場感や、嘘と本当を見極めるための知識や経験が必要になる。インドでビジネスなり生活をしようと思うなら、インド人の友達のガイドを受けるか、いくらかの代償を払いながら体で学んでいくことが必要だろう。

そんな訳で、インド旅行で感じたことをとりあえず書きなぐってみた。この2年間のどこかで、是非とも中国にも行ってきたいと思う。
LAにてインド人、サウジアラビア人と付き合う中で、Brownコミュニティの存在を知った。白人、黒人、アジア人という括りはもう古いらしい。アジア人は、黄色人種と、褐色(茶色)人種に分かれるのだ。茶色人種とは、中国、韓国、日本などの黄色人種を除いたアジアの人々。インド、中東、東南アジアの茶色の肌をした人々の総称で、彼らはスタンフォードの中でもBrownの集まりというのをたまにやっているらしい。考えれば、私もアジア人というと、自然と中国、韓国の人たちと集まっていた。インド、中東、東南アジアの地位が次第に高まっていく中で、今後は褐色人種のコミュニティの活動もより活発になっていくことだろう。
Swaminarayan寺院インド旅行の中、デリにあるギネス認定の巨大寺院、Swaminarayanを訪れてきた。これはヒンズー教の寺院で、なんと2005年完成という新しいもの。世界一の規模の寺院ということで、ギネス認定された模様だが、すべての建物の彫刻が石の手彫りであるにも関わらず、5年で完成したという。Swaminarayanとは、実は神様でなく、著名な修行僧(Swaminarayan)を祭る寺院である。彼は幼少のころからたぐいまれなる才能を発揮し、25歳には500人の弟子を抱え、49歳にして亡くなるまでに現代のヒンズー教に多大なる影響を及ぼした人物らしい。ヒンズー経典のエッセンスを、いかに日常生活の中で実践するかをわかりやすく説いたという。
2005年完成の寺院とあって、とにかくハイテク。夜にはライトアップの噴水ショー、そして寺院の中にはIMAXシアターにボートツアー、ショーまで催されている。なんてファンシーな寺院なんだろう。これらのショーで何が題材になっているかと言えば、主にはヒンズー教の教え。ハイテクを宗教教育に利用している、非常に面白い例だと思う。

これまたショーがよくできていた。題材は、Swaminarayanの生涯と、ヒンズーの教えのエッセンス。ビジュアルとストーリー・テリング形式で、非常に分かりやすくパワフルなショートになっていた。参加者は次々と部屋を移動し、Swaminarayanの生い立ちをめぐっていく。ある部屋ではゆったりとしてシートに座り映像を見たり、別の部屋ではディズニーのパイレッツ・オブ・カリビアンにあるような精巧な人形を使ってSwaminarayanの生い立ちにおける出来事をわかりやすく、ビジュアルと音楽と映像で説明する。また部屋と部屋を結ぶ通路では雷がなって豪雨が降っていたり、吊橋を渡ったりと、彼の人生のストーリー展開とリンクした形で様々な仕掛けが施されている。Stanfordの友人たちの多くは「洗脳チックだ」と否定的だったが、私は外国人が分かりにくい他国の精神構造、宗教といったものをわかりやすく説明する非常に面白い試みだと思う。別段監禁されるわけでなく、参加するかどうかも、受けとり方は完全に聴衆にまかされているので、問題はないと思う。(ただ多くのクラスメートの批判は、外からは宗教教育的なショーだとわからないのに、行ってみるとハードコアな宗教教育的だった点にある模様。その点は最もで、参加したくない人が事前に判断できるように、どんな内容のショーなのかもっと明示してもいいかもしれない。)

Swaminarayanショー彼の教えの中で、「魚や動物にも生きる権利がある。人間がそれをむやみに奪うべきではない」というものがあった。これがヒンズー教徒が魚や動物を食べない(ベジタリアン)大きな理由である模様だ。(実際は、ハードコアなヒンズー教徒以外は魚や肉も食べる模様だが。)日本人からすると、わかるような、わからないような。むしろ人間が自然の食物連鎖をコントロールしようとすることの方が傲慢で、魚やお肉をいただきながら生きていく、生き物としてのありのままの姿を受け入れ、感謝してご飯をいただく、という感覚の方がフィットする人も日本では多いだろう。一方で、アメリカで生活をしていると、アメリカ料理で育った人たちが、あまりに不健康でカロリーの塊のような食事に愛想を尽かし、健康の観点からベジタリアンに転向する気持ちは理解できてしまったりもする。(アメリカ料理だけで生きようと思うと、不健康な肉食か、野菜食かという二極化した選択をせざるを得ない。)そんなこんなで、ショーの最後には、動物が「私たちを食べないで」と叫んでいるような、ベジタリアン化を呼びかける展示物が並べられていた。最後のこれはちょっと陳腐だったかな。

いずれにせよ、2005年完成のハイテクを駆使したファンシーなヒンズー寺院は、寺院=遺跡という固定観念を覆し、またヒンズーの教えにも触れさせてくれ、個人的にとても面白く感じられた。
タージマハール生まれて初めてインド滞在。この数日の経験を一言で表せば、無秩序・混沌。ものすごいエネルギーを感じるとともに、まさしく発展と未発展の混沌といった感じだ。

まず第一に、ハチャメチャな交通事情。3車線の道路には4.5列くらいの車、スクーター、リキシャ(タイのトゥクトゥクのような乗り物)がおしくらまんじゅうし、ほとんど誰もウィンカーを出さず、クラクションで激しく自己主張しながら横入りをしまくる。通行人は日本では考えられない危険なタイミングで車の合間をガンガン縫って横断するし、止まっている車には物売りが物を売りに来たりする。とにかくクラクションが鳴りやまず、ホテルを出るやいなや、「またこれか」と思うくらいの喧噪音だ。その一方で、道路では新しい地下鉄の大規模工事が進行し、その工事現場がより一層道幅を狭くし、道路を混沌とさせている。

それから貧困。デリの中心地ですら、非常に汚い住宅がたくさん立ち並び、沢山の道路脇に住む人々を目にする。そして、動物。野良犬、ラクダ、牛が道路脇や道路を徘徊し、牛などは、何にもつながれない状態で道路をのんびりと散策していたりする。インド人の友人いわく、誰かの牛で、夕方になるとだいたい飼い主が探しに来て連れ戻すという。

そして、あふれる人。とにかく街は人だらけ。早朝にホテルを後にしても、町は人であふれている。なぜこんなに人がいるのかというほど、人、人、人。服装は、伝統衣装が4割(女性が多い)、西洋衣装が6割くらい(10年後にはほとんど西洋衣装??)。人柄は極めてフレンドリーで、値段はボロうとするが、基本的には良心的な人ばかりだと思う。観光地や町でランダムにインド人に話しかけてみると、英語はほとんどの人が流暢に話せるし、以外に大学で日本語を勉強していたり、教育レベルは見た目以上に高い。
とにかく人が多すぎるのと、社会インフラが未整備なのが、未だ大量の貧困を抱え、また街の風景を混沌とさせている要因なのだろう。

ところでインドのダイナミズム・混沌は、ホテルのサービスでも端々に感じられる。デリでは比較的ちゃんとしたホテルに泊っていたが、サービスはとっても「おおらか」。

ある晩深夜にホテルに帰り、部屋に入るとゴーゴーと空調が鳴っており、中は極寒。空調のスイッチが分からなかったのでフロントにいそいで電話をかけると、ハイテンションの男性が対応し、「空調を温かくしたいのか。よし、わかった。部屋番号は? OK!」とスムーズな対応。ほっとして待っているが、空調は一向に温かくならない。もう一度電話すると、今度は金切り声の女性が対応し、「空調を温かくしたいのか。部屋番号は?」と先ほどと同じ対応。本当に寒いことを伝え、早急に対応してもらえるように念を押す。するとその1分後、部屋の外でガヤガヤとにぎやかな人の声が聞こえたかと思うと、「ピンポーン」と部屋のベルと鳴らす。何かと思って覗くと、深夜の1時に陽気なインド人数人がどやどやと部屋の外に。ドア越しに話をすると、空調の件だという。ドアを開けると、おじいちゃんインド人、中肉中背のヒゲインド人、なぜか10歳前後の子供2人の一家のようなセットのインド人がドカドカと部屋に押し寄せてきた。

インドの交通まずおじいちゃんインド人が「空調のスイッチは、、、、これだろう」といってベッドの脇のスイッチを押すと、ベッドの脇の小さなテーブルのランプが点灯。「違う違う違う。」といって中年のヒゲインド人が隣のスイッチを押すと、天井の扇風機が回りだす。極寒の空調の中で扇風機までまわり始める状況の中、中年ヒゲインド人は、「このスイッチで強弱を調整できる。ほら、扇風機が強くなった。ほら、これで弱くなった」と自慢げに扇風機をコントロールする。本当に寒かった私はしびれを切らして「扇風機を止めて、空調を温かくしてくれ」と頼むと、大人二人の腰のあたりから10歳前後の子供がひょっこりと頭を出し、「ここが空調のスイッチだよ」と、見えにくいポジションにあるスイッチを教えてくれ、それを押すと、とりあえず寒い空調が停止。ほっとし、「温かくできない?」と子供に聞いてみると、中年ヒゲが、「上にスイッチを押すと温かくなって、下だと寒くなるんだ」といってスイッチを上に押そうとするが、押せない。その後インド人同士でワイワイと議論をしながらいろいろ試すが、どう見ても空調は冷房のみで温度調整はできない模様なので、「わかった、わかった。停止できればこれで十分。ありがとう」と私が最後に割って入る始末。深夜1時過ぎに人の部屋で大騒ぎした挙句、付加価値ゼロだったにも関わらず、その後4人(というより中年とおじいちゃんの2人)はニコニコと微笑みかけ世間話をし、なかなか部屋を出ていこうとしない。チップが欲しいのだ。なんたる厚顔とあきれかえり、丁重にお礼を言ってドアを開け、出ていってもらった。なぜ空調解決に、大人2人子供2人のフレンドリーなインド人が必要なのか。しかも無知。インドのダイナミズムを感じた瞬間でもあった。

初日にインターネットに接続できるかとフロントに聞いた際も、同様。ワイヤレスは検出できなかったが部屋にイーサネットの接続口らしきものがあったので、コードを借りたかったのだが、フロントがITに致命的に弱いらしく、話が通じない。2分後にインド人2人組が部屋に訪れ、コードが欲しいと説明するが、眉をひそめて理解しない。いったん彼らは帰り、その後再び部屋をノックし、PCを持ってこっちに来いという。ついて行ってみると、どうやらホテルの従業員用の部屋に通され、そこにボスらしきインド人が。彼と話をして、ようやくインターネットに接続できないことが判明。いろんな顧客情報らしき書類が散乱する事務室の中で、ボスらしきインド人のPCはネットにつながっているらしく、盛んに俺の机でネットを使って行け、使って行けとボスを含めた3人して勧めてくる。そこまで使いたくなかったので丁重に断り、部屋に戻った。事務所を出るときには、3人してニコニコ笑顔で「Good Bye!」と手を振ってくる。いい人たちなんだけどね。。。

陽気なインド人2日目にランドリーを頼んだ際も、似たような感じ。ランドリーが戻ってきたのが、深夜の1時半。半分寝ていたのだが「ピンポーン」を繰り返すのでドアをあけると、ランドリーをもったインド人が入ってきた。服を確認してほしいという。数が足りていたのでお礼を言って帰ってもらうと、その10分後に再び彼がやってきて、なぜか女性のズボンらしきものをもって「チェンジ、チェンジ」と意味不明なことを言ってくる。「いや、それは俺のではない」と説明を繰り返し、ようやく納得してもらえた模様だが、またここでニコニコスマイルでチップの請求。女性モノのズボンを私が欲しかったとでも思ったのだろうか。早く寝たいし意味不明なので、再び丁重にお礼をいい、ドアを開けて部屋の外まで彼をご案内。

こんな感じで、ホテルにいても、インドの混沌さ、ダイナミズムを端々に感じられるのでした。
シンデレラ城昨年末のLA/NYへのスタディ・トリップでは、宗教に触れることが多かった。イスラム教、ヒンズー教、ユダヤ教、キリスト教。

NY/LAへのスタディ・トリップでのルームメイトは、サウジアラビア人のイスラム教徒であった。これまでイスラム教の友達はいなかったのだが、スタディ・トリップの初日に狭いホテルの部屋で、部屋に到着するや否やホテルのフロントに電話をかけて方角を聞き、突然床に頭を押しつけてお祈りを始められたときは、私はスーツケースをガサガサとあさっていたのだが、思わず手を止め物音をたてないように静かにし、敢えてそちらに目を向けないようにしていたのを覚えている。スタディ・トリップの平日はビジネスミーティングでぎっしりの予定だったのだが、その中でも、ホテルの人に小さな部屋を借りたり、訪問先の企業で別の部屋を借りたりして、時間になるとグループをさりげなく抜けてはお祈りをしていた。彼曰く、LAやNYなどではホテルや企業でも分かりがよく、名前を見ただけでメッカの方角やお祈りができる部屋を教えてくれたりするとのこと。ただ日本を含めイスラム教徒に馴染みの浅い国や都市に来た場合には、静かにお祈りができる場所を探すのは大変だろうな、と思う。

旅行中、ヒンズー教徒のインド人と親しくなった。彼女と食事をしていたときに、ふとした拍子からヒンズー教の教えについて教えてもらった。非常にシンプルで、一言で言うと「悪いことをしてはならない」というもの。悪いことの中には、暴力や、不誠実などが含まれる。彼女自身、常にヒンズー教の小さな経典を財布の中に持ち歩いており、何か不安なことがあるといつもそれを握りしめるとのことだった。今回の秋学期、彼女は成績があまり芳しくなかった。彼女は秋学期ものすごく頑張っていたし、海外で初めてのリクルーティング活動に他の人より多くの時間を取られてしまったり、試験の際にちょっとしたトラブルがあったりして今回成績が芳しくなかったようにハタからは見えるが、彼女はこれを宗教的なシグナルだと受け取る。秋学期、お酒を沢山飲んで騒いだりしていたことの天罰だと思ったらしく、普段は陽気でお酒を楽しむ彼女も、この旅行中は一切お酒を飲まなかった。次学期は睡眠時間をもっと削ってもしっかり勉強すると固く決意している。何か出来事があった際に、単純に対応策を考えたりするだけでなく、そこに道徳的・宗教的な意味を求め、神様や人生に感謝したり、道徳的に身を引き締めたりするのは宗教独特の反応な気がする。(日本でも信心深い人は悪いことが起きたら天罰だと思って襟を正すだろう。)

旅の仲間たち旅行中、キリスト教の人とお祈りについて話をする機会があった。彼女は信仰深いクリスチャンで、寝る前には必ずお祈りをするみたいだが、何をお祈りしているのかとても興味があった。お祈りする内容は、神様への今日一日の感謝(安全に、健康に過ごせ、食事もいただけたこと)と、両親や同じ信仰を持つ教徒たちの信仰や健康の安全を祈るという。またもちろん、自分自身のことを守ってくれるようにもお祈りをするという。彼女と話をしていてとても面白かったのは、他人についてお祈りをするということ。誰か親しい友人がトラブルに巻き込まれていたりする場合は、友達についても祈ったりするという。人間というのは、放っておくとなかなか他人のことについて真剣に考えることは少ない生き物だと思うが、夜の静かな時間の中で、2分なり3分なり、親しい友人のことを考え、祈るというのは愛情にあふれた行為だな、と思った。また彼女の話を聞いていて、祈ることで定期的に自分を振り返り、道を外れていないか、今日一日しっかり頑張ったか、自分自身をコントロールするいい機会になっていると感じた。お祈りは、自分自身と神様とのコミュニケーションだという。誰も見ていなくても、神様と自分は知っている。宗教と、神様のいない道徳・哲学とのひとつの違いは、お祈りによって定期的に神様とコミュニケーションを取ることによって、「誰も見ていない状況」でもズルをせず、自分を強力に律することができる点なのだろうか。

LAではディズニーランドに行き、夜にはシンデレラ城のクリスマスのライトアップを観てきた。シンデレラ城の正面の広場には多くの奇麗なイルミネーションが施され、城がクリスマス用の特別ライトアップに変わるカウントダウン・アナウンスの中、「願い事をしてごらん。きっとかなうよ」といった趣旨のアナウンスがあった。ふと横を見ると、ヒンズー教のインド人女性が神様にお祈りをしていた。そして、カウントダウン。壮大な音楽とともに、シンデレラ城が美しく、豪華に点灯し、広場を囲む外灯からは(人工の)雪が舞い落ちる。一緒に旅行をしている皆が、歓声をあげて写真を撮りまくる中、ふと彼女を見ると、目から大粒の涙をこぼしながら泣いていた。気付かない振りをして私も城の写真を撮っていたが、いったい彼女は何をお祈りしたのだろう。こういう純粋さは、宗教を持たない私にとっては分かり切れない部分もあるが、美しいものでもあると思う。
ホテルのバルコニーインドのゴアから、明けましておめでとうございます! 2008年の幕開けである。海外で年末年始を過ごすのは幼少の頃以来で、実質初めての経験。31日の午後にStanfordの友達10数人でデリからゴアに入り、リゾートホテル主催のカウントダウン・パーティーに参加してきた。(本当は町の一番大きなイベントに参加予定だったのだが、交通渋滞がひどく、タクシーをホテルが呼べない始末になり断念。。。)昨晩の二日酔いから明けたばかりで、未だ昨年の振り返りもしっかりできていないが、思い返せば昨年の今頃はMBAのアプリケーションに四苦八苦している自分がいた。あれから1年。本当に、あっという間である。次の1年も、またあっという間にすぎてしまうだろう。この1年は、これまでの人生の中で最高に充実した1年にしたいと思うし、そうなる気がしている。

パーティー会場さて、昨日のカウントダウン・パーティー。まず、インド人は、とにかく踊る。インドの映画では必ずといっていいほどダンスシーンが組み込まれているが(”スター”の登用と、ダンスシーンがヒットの秘訣らしい)、昨晩のカウントダウン・パーティーでその理由が分かった気がする。それからインドのオペレーションは、アメリカのそれ以上に改善の余地がある。リゾート地に来てからも、部屋の手配の間違い、パーティー会場への案内の間違い、料理が出てこない、二重に料金をチャージしようとする等、お茶目な間違いが後を絶たない。日本のサービスって素晴らしいな、と思ってしまう。

昨晩はちょっとしたトラブルがあった。なんと銃撃だ。夜中の2時半頃、男女のいざこざがあったらしく、セキュリティの人に抑えられながら男女2人が会場を後にしたあと、パーンと乾いた音が響き渡った。男性が女性を脅すために銃を撃ったらしいが、幸いなことに誰も怪我はしなかった模様だ。われわれは銃声を聞いてあわてて走って安全なビラの影に一時的に隠れたのだが、そこにはなんと、予想だにしない二次災害が待ち受けていた。カウントダウンパーティーにてあわてて影に隠れ、息をひそめて事態を見守っている我々の目の前でビラの扉がギーっと音をたてて開いたかと思うと、泥酔したロシア人女性がウォッカのビンを持って登場し、我々に絡みはじめたのだ。深刻な状況でみなが息をひそめているのに、泥酔したロシア人女性は状況を理解せず、「ハッピーニューイヤー!私は医者だ。握手、握手。」と皆に握手を求めては、皆の静止を振りきって男性が拘束されている道に出ようとしたり、「イエーイ!」と叫び始めたり。ロシアの盛り場はこんな人が沢山いるのだろうか。幸い、男性はすぐに遠くに連れ去られ、女性も無事だったが、アメリカに来てから(ここは実際インドだが。。。)初めて本物の銃声を耳にしてしまった。ロシア人女性もたっぷり皆と握手をして満足したらしく、再びエネルギーを得てまだ大勢の人で賑うビーチの方向に歩きだしたので、安全を考えて我々は各自の部屋に戻って寝ることにした。

そんな感じで、安全にはとにかく注意したい。ちょっとしたトラブルで幕を開けた今年ではあるが、今年もよろしくお願いします!
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