Stanford MBA 心の旅路

Stanford大学でのMBA(Stanford GSB)留学に奮闘する、外資系経営コンサルティング・ファーム勤務の若者の心の日記blog。 コンサルティングの仕事、MBA受験からスタンフォードGSB合格、スタンフォードMBA生活、帰国にいたるまで。

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San JoseThanksgiving Dayが終わると、街は一気にクリスマスムードに転じる。たいがいThanksgiving Dayの日の明け方からクリスマス商戦の大安売りがスタートし、各デパートには人々が殺到する模様だ。(今年はニュースでも報道されたとおり、Thanksgiving前からセールが前倒しで始まったが。)私は今回は前日深夜まで飲んでいたこともあって、果敢に朝からデパートに出向くことはしなかったが、かわりに夕方に近くの都市であるサンノゼに出向いてみた。街の中心部では、さっそくクリスマスの飾り付けが施され、買い物を終えた人々でごった返していた。

クリスマスのデコレーションで日本との違いを感じるのは、宗教色の有無。言うまでもないが、クリスマスはキリスト生誕を祝うお祭りである。こちらではクリスマスは家族で集まって祝う(≠恋人同士で街に繰り出す)のが通常なのはご存じかと思うが、街のイルミネーションを見ても、日本との違いを感じる。日本でもおなじみの飾り付けられたクリスマスツリーやサンタ・トナカイに加え、羊飼いの人形であったり、イエスが生まれた馬小屋の模型であったり、キリストの誕生を予言する星を観察する博士たちの姿であったり、キリストの生誕を待ち望む(または祝う)人々の人形であったり、日本では見られない「宗教的」なオーナメントが街の所々にお目見えし、ライトアップされている。

ちなみに私は、西洋文化を知る土台になるだろうと思い大学時代に頑張って聖書を通読したことがあるが、教会のステンドガラスやフレスコ画、美術館での宗教画などを見るのが好きになったのも、それが意味することを理解できるようになったことが大きい。ただし実際アメリカで日常生活を送っていると、アメリカにおいて宗教の話をするのは「Politically Incorrect」にあたるためか、Stanfordでの学生との触れ合いの中でキリスト教の知識が生きる機会は予想以上に少なかったりもする。多くのアメリカ人の価値観や文化に大きな影響を与えているはずのキリスト教といったものが、日常生活の中で語りにくくなっているというのも悲しいことのような気もするが。

そんなこんなで、街では家庭用の装飾品も頻繁に売られるようになり、Stanfordの周辺もクリスマスモードになってきている。ただ今年のクリスマスは、学校の公式行事でニューヨークに直前までいるため、Stanfordではなくニューヨークで過ごそうと思っている。クリスマスシーズンのニューヨークは初めてなので、それはそれで楽しみだ。
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Thanksgiving DinnerThanksgiving Day(感謝祭)は、アメリカでは日本の正月にあたるくらい大きなイベントだそうだ。11月26日、親友のアメリカ人の実家に招いてもらい、初の本格Thanksgiving Dayを経験してきた。

午後4~5時くらいから次々と親戚や親友が家を訪ね、10数人の人々が夕方前には集まった。友人の母親はキッチンでターキーを含むごちそうを一生懸命用意し、親友の弟が母親の料理を手伝っている。父親はリビングでお客様のお相手。母親手作りのフルーツワインを味わいながら、チーズやパンをいただきながら、暖炉を囲んでしばし団欒。

Thanksgiving Dinnerメインのテーブルには、一年に一度、この感謝祭にしか使わないという真白のレース付きのテーブルシーツ(ひいおばあちゃんの代から引き継がれているもの)と、純銀のフォーク・スプーン・ナイフ(おばあちゃんの代から引き継がれているもの)に、庭からとれたフルーツやナッツが中央にきれいに飾りつけられている。いろんな前菜に加え、まずは白、次に赤のワイン、メインのターキー、そして母親秘伝の特製パイ(3種類)、コーヒー、食後酒と、フルコースのディナーを3時間くらいかけてゆっくりといただいた。その間、団欒トークとして特におもしろかったのは、ジョークに関する話題。

次第に皆おいしいワインが脳に回ってくると、会話も一気に弾んでくる。そんな中で、何人かが「面白い話(ジョーク)」を披露してくれた。イスライエル人と中国人に関するジョークや、犬が吠えることを題材にしたジョークなど。そんな中で、「日本人がよく話すジョークにはどんなものがあるのか」と突然話題を振られ、ふと考えてみると、あまりないことに気がついた。(実際は1つ思いついたが、下品なものなので日本文化を誤解されたくないので控えた。。。)

一休さんのトンチ話などはあるし、プロが観客を笑わせる落語や漫才はあるが、親や友人から語り継がれる「ちょっとしたウィットに利いた小話」というのは、日本ではあまりない。個人が普段の生活の中でそれほどウィット、小話、ユーモアを要求される場面も少ないだろう。(むしろ体を使った「一発芸」的なものは求められることはあるが。)普段から個人レベルでのユーモア、ウィットが期待されるアメリカ文化との違いをふと感じた瞬間でもあった。

アメリカでは、他人を面白可笑しく批評するジョークがたくさんある。その中でも弁護士やコンサルタントに関するジョークはたくさんある模様だ。その中から、ひとつ個人的に面白いと感じたジョークを1つ。


あるメキシコの海外沿いの小さな村に、アメリカのコンサルタントが訪れていたところ、ある漁師と出会った。漁師は、昼前であるにも関わらず、小さな舟から下り、釣りを終えて自宅に戻るところであった。
コンサルタントは怪訝に思い、「なぜこんなに早く帰るのか?」と聞いた。
「今日はすでに釣れちゃったから。もう帰るよ。」
「帰って何をするのか?」
「私の妻とのんびりするよ。一緒にシエスタを楽しみ、午後にはギターを弾きながら子供と戯れ、夕暮れにはワインを傾けながら妻と会話を楽しみ、早めに床に就こうかな。」

それを聞いてコンサルタントは怪訝そうな顔をして質問した。「なぜもう少し頑張って釣りをしないのか?」
メキシコ漁師は聞き返す。「どうして?」
「もっと長く釣りをすれば、あなたならもっと沢山の魚が釣れる。それらを売ればもっと多くのお金が手に入るから、もっと大きな船が買えるだろう。そうしたら人を雇ってもっと大きな収穫を手にできる。そうなれば、メキシコの小さな中間業者に安い値段で売る必要はなく、都市の調理場に直接納入して、もっと大きな利益を手にできるようになる。そうなれば、この小さな村からは出て行って、メキシコシティに行きなさい。その後は、必然的にロサンゼルス、そしてニューヨークに出て行って、そこで大きくなっていく企業組織を運営すればいい。」

メキシコ漁師は聞き返す。「でも、それって何年かかるの?」
コンサルタントは軽い笑みを浮かべ、「
15年から20年かな。」
「・・・。そのあとはどうするの?」
コンサルタントは笑い、「そこからが最高の部分だ。企業を
IPOさせて公開企業にして、巨万の富を手に入れられるんだ。」
「巨万の富。。。それで、そのあとはどうなるの?」
「そしたらリタイヤさ。小さな海辺の町に引っ越し、妻とのんびりシエスタを楽しみ、午後にはギターを弾きながら子供と戯れ、夕暮れにはワインを傾けながら妻と会話を楽しみながら早めに床につくような生活を送れるのさ。」


 Thanksgiving Dayとは、イギリスから最初に植民をしたピルグリム一行が冬の厳しい気候と食糧難で苦しむ中、食糧を融通して助けてくれた先住民を、豊作だった翌年にピルグリム一行が招いて感謝をささげたことにちなんで、現在も祝われているらしい。親友曰く、「アメリカの建国を助けた先住民と、初の収穫の感謝の祭り」であるとのこと。
その後彼はニヤリと笑いながら、一言。
「その後アメリカはみんなやっつけちゃったけどね。」
Home Depotアメリカに来てからの驚きの一つが、大規模型デパートの大規模さ。ニュースや雑誌などでは目にしてはいたが、実際に行くとその規模の大きさに腰を抜かす。その一つが、Home Depot。木材、ボンドなどの家庭大工グッズから、タンス、テーブル、照明といった家具など、家庭回りの何でも屋さんである。第一の驚きが、3階建くらいの高さの巨大な倉庫がドカンと建っているその風貌。まさしく「巨大な箱」である。色気もそっけもない。中に入ってさらにびっくり。3階建くらいの倉庫の巨大な空間に、天井高くいろんな商品がうず高く積まれているのである。ジャイアント馬場でも5人くらい肩車しないと上の方の商品には手が届かないだろう。

現物で展示されているドア・・・たとえば家具コーナーには、ドアやシステムキッチンが、原寸大でそのまま販売されている。5メートルくらいのゴン太の丸太などもうず高く積まれている。買ったはいいが、いったいどうやって持って帰るのだろう。。。(きっとこれまた巨大なアメ車に載せて帰るに違いない)商品が巨大であれば、カートも巨大。大人が8人は体育座りできるくらいの大きさのカートを入口でゲットし、巨大な買い物を楽しむシステムになっているのだ。いやー、とにかく「でかい」。水などの飲料、ティッシュなどの身の回り品コーナーも、あきれるほどの巨大セット販売ぶり。日本人の「小空間美」「節約美」からすると、ちょっと「美しくない」(すべての商品が大量販売されすぎていて「ありがたみ」が感じられない)と感じてしまう自分がいたりもするが、カルチャーショックの域に入る理解しがたい巨大っぷりである。

Home Depot
Drive11月の第四木曜はアメリカではThanksgiving Dayになり、その前後を含めて休暇シーズンとなる。多くのビジネススクールの友人はそれぞれの実家に飛行機で飛んで帰り、家族とThanksgiving Dayを過ごす模様だ。ビジネススクールは、この1週間丸々授業がなく、リクルーティングイベントがたくさんあるものの、実質的な休みになる。これまで睡眠不足に苦しまされていただけに、本当にうれしい!

Stanfordも秋色が深まってきた。とはいえ、ここは西海岸。11月の下旬であっても昼間の太陽は強く、長袖では暑いと感じるほど暖かい。(ただし半そでだと、日陰に入ると寒く感じることもあり、調整が難しい。。。)今朝は、最近調子の悪い愛車BMWのヘッドランプの修理を試みてみた。どうやら左のヘッドランプのソケットの接触が悪いみたいで、たまにヘッドランプが消えてしまう。バルブを取り出して見ても生きているので、いろいろといじってみるとまた点灯するようなことが続いていた。今朝はついに大工道具を取り出し、正常な右側のランプも取り出し比較しながら、接触不良の原因を究明。ソケット内である金具が緩んでいることを発見し、ペンチで絞め、接触しやすいように多少細工をしてバルブを取り付けてみた結果、見事に点灯!その後一日車を使ってみたが、どうやら完全に修理できた模様だ。

BMW技術・科学の世界は、本当に白黒がはっきりしていて楽しい。正解、不正解が分からない文系やビジネスの世界と異なり、YesかNoか、はっきり結果が出る。正誤の結果が明確だから、正解だった際の喜びも明確で爽快だ。比べてビジネスは、いかなる論理思考の背景にも思想や意図・利害関係が存在する。ビジネスにおける論理思考とは、真実を究明するためのデバイスというよりは、目的と達成するためのツール、物事を伝えるためのツールである側面が大きいと思う。昔から数学や理科は好きな方だったが、気がつくとビジネスという厄介な方向に来てしまったなぁなどと思う。(笑)

さて、車を修理した後は、大学近くのStanford Shopping Centerに家具を買いに行く。秋晴れのキャンパスを愛車の窓を全開にしながら「オープンカー気分」を満喫しつつ、自宅用の照明を購入。ソファーで読書をする際に、いつも手元が暗いのが気になっていたので、やや日本風の温かみのある照明を購入した。これでソファーでの読書も効率&満足度アップだ。さて、22日の来るThanksgiving Dayには、アメリカ人の友人の自宅にお呼ばれしている。「1960年代から時代が止まっている家族だ」と彼が言うほど、古風な一家らしいので、アメリカ文化経験としてとても楽しみだ。

・・・・という訳で、久々に自分の時間を持ってのんびりした休日の、たわいもないレポートでした。この休日は、たまった読書を沢山こなすぞ!
ChrisLeadership Labs」というリーダーシップ養成エクササイズの授業がある。いろんなエクササイズを通して自分自身の対人交渉スタイルに対してフィードバックをもらえるので私は好きだったのだが、フランス人のクリスはこの授業が大嫌いだ。そんなクリスが毎回授業で指導教官に立てつくのを見ながら、ふと、やはりこのリーダーシップの教え方にも限界があるんだな、と気付かされた。

クリスの不満は、「クリエイティブさ、個性を尊重するスタンフォード」でありながら、結局型にハマったリーダーシップ像を学生に押しつけている、という点。確かに、毎回のエクササイズでもらえるフィードバックは、「いい点」を指摘しあったあとに、「改善できる点」を指摘しあうスタイルになっている。「いい点」は指摘されればうれしいけど、それ以上「いい点」をどうやって伸ばすのかという具体的なアドバイスはほとんどなく、結局皆指摘された「悪い点」を矯正しようと次回の演習に臨むスタイルになっている。私は自分自身の悪い点が先にみえる性格で、私の性格にあっていたので気付かなかったが、確かに「完璧なリーダー像」と比較して採点する「減点主義」のリーダー教育である。

次に、クリスの不満の2点目は、彼自身がエクササイズで非常に苦しんでいる点にある。私はなぜ彼が苦しんでいるのかしばらく考えていたのだが、その最大の原因は、演習が30分などの短時間で特定の与えられた仕事・目的を達成する形式になっている点にあることに気づいた。クリスは、日本人で言うと「寝業師」系で、会話の軸をずらして曖昧な雰囲気を作り出しつつなんとなく自分の持っていきたい方向に持っていくのが得意なタイプである。常に冗談を言い、笑いを取りながら、リレーション重視で問題を「なんとなく」「感情的に」解決していくスタイルである。ところが、演習が(アメリカチックというべきかは分らないが)非常にタスク達成重視の形式になっており、いかに対立する利害を短時間で調整するか、いかに短時間で相手の情報を引き出しつつ交渉を進めるか、など効率/タスク達成重視の演習が多いことに気づく。30分の緊迫した演習では、彼のつかみどころのないスタイルはチームメンバーからも「時間がないのに脱線しやがって」という反感を買うことも多く、彼はペースをつかめずに授業に対する反感を募らせているのである。

以上の2点を考えると、もう少し実践的なリーダーシップ教育ができそうな気がする。まず、完璧なリーダーなど、この世の中にほとんど存在しない。Strategyのコースでいろんな経営者をケースとして扱い、またいろんな経営者が実際に講演に来るが、それぞれ独特のスタイルがあり、一見完璧にみえる経営者もいることは確かだが、個性が強く、とがっているところと、凹んでいるところがある経営者の方が多い。前職の経営コンサルティング会社のパートナーを見ても、経営コンサルティングを通じて出会った社長を見ても、性格、強み、弱みはバラバラで、それでもなんとかなっているのが世の中である。結局は、チームの組み合わせ。右脳タイプの発散系感性型社長であれば、誰か左脳タイプの集約系ロジック型常務などが社長の見落としをカバーしたり、社長のアイディアを具体化していたりするかもしれないし、実務系、技術系の実直社長であれば、社長の考えをうまくセクシーにして社内に伝える相棒がいるかもしれない。また、業界の種類、企業の成長ステージによって社長に求められるスキルセットは大きく異なる。創業期のハンズオン的でエネルギッシュ・個性的な社長と、安定成長期のよりハンズオフ・利害調整型の社長など、それぞれの社長業に求められる性格、強み・弱みは多種多様である。完璧な社長像を「あなたが目指すべきリーダー像」と定義し、そこからのデルタを「改善点」としてフィードバックすることも時には必要だが、人間の性格はそこまで簡単には変わらない(強い意志を持てばコントロールはできることは確かだが)点や、性格を無理してストイックにコントロールするより、性格を縦横無尽に解放した方がよほどトータルのエネルギー量は大きい点を考えると、自分の強み・弱みを把握した上で、自分はどんな業界・企業の成長ステージに合っていて、自分の弱みをどういやって補完すればいいのか(必要な補完パートナーのタイプや、企業運営の仕組みでのカバー)などを教える方が、より「実践的」なリーダー教育になると思うし、より「強みを伸ばす」方向に精神が向かうと思う。

クリスは個人的に話をしていても、間違いなく一流の立派なポテンシャル人材である。彼がなすべきことは、タスクドリブンな30分の演習でこじんまりと問題解決をできるようになることではなく、あのつかみどころのないコミュニケーションスタイルを貫き且つ磨きながら、自分をどんな環境に置いて、どんな助っ人を近くに置くことで、どんなことが為し得るのかの理解を深めることのような気がする。自分のスタイルをより理解し、目的を達成できる環境に自分を置き、環境を作り出せることこそが、実際のビジネスにおいてはより重要なリーダーの素質ではないだろうか。

クリスに同様の話をしてみたところ、まさしく彼自身が感じていることと同様だった様子で、大いに自信を取り戻した模様だった。ちょっとしたことでこのクリスが自信を失ってしまっていたののだから、教育というのも、批判的に見ないといけないものだと改めて思った。(もちろんこの内容は指導教官にも相談して見るつもりである)
(注)これは豪邸というより、ホテルです。。。ある友達曰く、
「ベンチャーや投資家として成功している人の生活の優雅さを見てみてよ。素晴らしい豪邸に住んで、あくせく働くこともなく、ワインやパーティーを楽しみ。。。起業やベンチャーキャピタルなどに行きたいと思うようになったよね。」

またある友達は、
「ヘッジファンドで成功すれば、40歳過ぎには一生かかっても使い切れないお金を手に入れられるでしょ?それからは大きな家を建てて優雅な生活を送りながら、やりたいことを自由にやれる。それって成功だよね。」

依然IT関連株がバブル的急騰を続ける西海岸の特徴なのかわからないが、「巨万の富を築いて、豪邸を建てて優雅に暮らすこと」が、なんとなく成功のイメージになっている雰囲気をいろんな機会に感じる。そのための手段は、起業してIPO、高報酬のCEOになる、ファイナンシャルセクターで成功する、などさまざまである。ただ同時に、ここに住んでいるとそう考えるようになるのも理解できる。キャンパスの近くには多くの高級住宅街があり、MBAの学生の一部もそのような豪邸に住み、そのような豪邸を拝見するホームパーティーの機会も多い。ビジネススクールのまわりには多くの起業家、CEO、VC、PE、ヘッジファンド、投資銀行家がいて、手を伸ばせばこれらの職種につくことも可能である(実際、VC、PE、ヘッジファンドなど、スタンフォードかハーバードの卒業生を厚遇するところが多い)。クラスやクラス外のイベント、リクルーティングなどでは、そういった「成功者」と個人的に話をできる機会も多く、成功談、チップスなどを聞いているうちに、手が届くところに年収数億円の生活があるように錯覚する。「だとすると、大きな豪邸を建てて優雅に暮らすのもいいんじゃない?」そんなことを思い始めると、あなたもこのバブルの渦に飲み込まれ、いつしか「成功=巨万の富を築き豪邸に住むこと」になっていくのだろう。

実際高級住宅街に住んでいるある日本人の知り合いも、同じ質問をご近所のいろんなアメリカ人に聞いてみたらしい。結果は私の感想と同じで、平たく言うと「大きな豪邸に住むこと」が社会的な成功だと感じている人が多かったとのこと。多様な人種がいて、多様な価値観が許され合っている西海岸の中で、唯一誰もが認められる共通の価値基準として、財産を最も分かりやすく示す「豪邸」というのが成功の象徴になるのは理解できる気がする。分かりやすいが、薄っぺらいと感じてしまう。日本人なら、もう少し内面的な要素や、社会的な要素を成功の条件に織り込むだろう。

ちなみに、昨今のサブプライム問題で、無理をして豪邸を買った「ぎりぎり富豪」の住宅が、知り合いの高級住宅街の中でも残念ながら差し押さえになってしまっているという。
Stanford中間試験が終わり、先週からいくつか新しい授業が加わった。その中で、成長する組織をどのようにマネジするかという授業が加わったのだが、これが本当に面白い。何が面白いかというと、教えてくれる人が現役バリバリの「アメリカの今をゆく超一流のビジネスマン」である点。授業開始後の開口一番のコメントが、「表面的な理論やセオリーを教えるつもりは毛頭ない。私のビジネス経験で培った、実務的、本質的、実践的な技を、実演形式でどんどん教えていきたいと思う」。教授は30年以上の実務経験を持ち、Private Equity、Venture Capital、ヘッドハンティング会社から始まりいろんな業界を渡り歩き、社長経験も豊富で、現在も複数の会社のボードメンバーをかけ持つ一流人材。触ったら怪我をするような百戦錬磨の屈強な兵士的なオーラが出ている。こういう人から直接教えを請えることは、本当に貴重だ。

今回の授業のテーマは、Hiring(人を雇うこと)。社外から重役をヘッドハントする際、どのようにヘッドハントするか、社内でそのポジションに昇進したがっている人にどのように伝えるか、いい人材をどのように口説き落とすかなど、いろんなシーンを想定し、その場で教授と生徒がどんどんロールプレイをし、「そんな言い方をしたら後で大変なことになる」「その言い方では社内の人は失望して悪い噂が広まるぞ」など、活発なフィードバックをくれる。テーマが難しいだけに、指名された生徒は次々と失敗を犯し、恥をかいていく。そして最後には、教授だったらどのようにマネジするかの「技」が公開され、皆「なるほど、すごい」と納得して終わるという展開だ。彼は、人の感情、組織の動かし方、罠の位置など、実際のビジネスで最も重要になってくる点に関しての感性が素晴らしいのだろう。この授業には、しっかり準備をして望みたいと、そういう気になる。

Class room来週のテーマは、Firing(人を解雇すること)。より厳しいロールプレイが想定されるが、アメリカの一流人材がどうやって解雇の事実を人に伝えているのか、非常に楽しみだ。特に彼は、「もはやどんな人でもうまく解雇できるくらい、解雇をハンドルする技を身に付けられたと思っている」と豪語しているので、お手並み拝見だ。でもこういった生の体験、実務経験で培った技を、情熱を持って伝えてくれる機会というのは本当に貴重だと思う。前職の経営コンサルティング会社は、まさしく先輩が後輩にこういった生の技をどんどん伝承するカルチャーがあったが、当然ながらコンサルティングをする上での技に限られていた。今回、特にアメリカの実業界でバリバリ活躍している百戦錬磨のプロから、実務上の”技”を伝承してもらえるこういった機会は、いくらお金を払っても足りないくらい価値のあるものだと思う。
キャンパスバークレーからスタンフォードにやってきて感じる点として、スタンフォードが非常に安全だということ。「アメリカでの盗難感覚」というコラムでアメリカで生活する際の自己防衛感覚が、いかに日本と異なるかということを書いたが、その後スタンフォードでの生活を続けるに連れ、スタンフォードに関しては日本とさほど変わらない安全度合いが確保されていると感じる。サマーセッションをやったバークレーでは考えられない、スタンフォード学生の行動を数点。

まず、夜10時を過ぎて町中やキャンパス内を1人で歩いていても平気という感覚がある。バークレーでは9時前後に陽が落ちて暗くなると、帰りはなるべくグループで帰るように皆が自然に融通したが、こっちではそういう感覚は全くない。夜中12時、1時、2時でも、一人で自転車で自宅に戻ることは、特に「非常識」なことではない。

次に、所持品の放置。特にびっくりしたのが、学生用のジムの中での貴重品の無警戒さ。一応ジムに入るには学生証の提示が必要だが、そのジムの中ではゲタ箱のような荷物置き場のボックスの中に、財布、携帯電話、車や自宅・自転車の鍵といった貴重品が無造作に放置されている。一応係員が入口で監視しているものの、全体としてとてもリラックスした雰囲気で、誰も盗難されるという可能性を強く意識していない感覚である。また自転車盗難はキャンパス内の最大の盗難ではあるが、それでも地面に固定された構造物に自転車をくくりつけずに放置したり、自転車のランプやヘルメットをつけたまま自転車を駐輪したりしている。

キャンパス最後は学生の行動ではないが、いろんな人の発言。「スタンフォードと言えども犯罪と全く無縁ではありません。稀ではあるけど、キャンパス内で犯罪も起こりうるので、決して気を抜きすぎないこと」といった発言が、学校関係者からも何度か聞かれた。その背後には、皆が「スタンフォードは基本的に犯罪から無縁の地域と思いがちだ」という前提があるのだろう。実際、スタンフォードといえども、ここ数週間でいくつかの事件が起きている。ひとつはダウンタウンでスタンフォード生がクラブを貸し切って楽しんでいた際、部外者が入ってきて、学生を殴って逃げたという事件。次に、ダウンタウンで17歳の女子高校生が黒人の前科者によって拉致され、性的な暴行を受けたという事件。(地域住民の協力によって、容疑者は数日で拘束された)。そして、私が参加したGSBのHalloween Partyで、何とクラブの警備員が学生が無造作に放置している財布等の貴重品をコソ泥したという事件。部外者からは無害ではいられないということだろう。面白いなぁと感じるのは、こういった事件があると、一斉にキャンパスにメールが流れ、コミュニティで警戒し、防衛しようという雰囲気がキャンパス全体に感じられる点。犯罪からこのコミュニティを守ろうという連帯意識が存在しているように感じる。

そんな訳で、スタンフォードはとっても安全である。バークレー時代に、「アメリカでの生活では気を引き締めよう」と思っていた警戒感覚も、キャンパスで過ごしていると時にゆるんできてしまっている自分がいる。キャンパス周辺にいるのであれば、日本とさほど危険度合いは変わらない。危険度合いが低いのであれば、警戒度合いを緩めるのは極めて合理的で自然な反応だとは思うが、さっそく2カ月のスタンフォード生活の中で、私もこの安全な環境に染まり始めている。人は、環境に染まる生き物だとつくづく感じてしまう。
高級住宅街スタディグループ8人中、子持ち学生は2名。1人はエリート韓国人(韓国ロイヤルファミリーの息子)と、もう一人はパキスタン・コングロマリット社長。二人とも、”とってもお金持ち”である。そんな2人と一緒に飯を食っていた際に、子供をどこの学校に入れるかという議論になった。2人ともスタンフォードの近郊の「Bing Nursery School」という保育園にぜひとも子供を入れたいと思っている模様。

Bing Nursery School」というのは、全米でも数本の指に入る「よい」保育園との評価のようで、スタンフォードの付属機関でもあるため、心理学や脳神経学の優秀な教授やPhdホルダーが先生としてたくさん在籍しているという。ただ適当に子供を遊ばせたり、物事を先生から一方的に教えるのではなく、最新の教育心理学や脳神経学にのっとり、子供と先生、子供同士のインタラクションを通じて、いろんな才能や感性を刺激しながら学ばせていくという。いろんな人種の子供を在籍させる「多様性」教育も一つの柱で、幼いころから多様な人との関わり方を肌感覚で学ばせていくとのこと。お二人とも相当の惚れ込みようで、韓国人の方は子供がまだ1歳なのに、すでにBingとの交渉を始めているという。

Bing Nursery School2人曰く、子供を入園させるには運とタイミングが必要とのこと。多様性、在籍する子供の組み合わせ、学校の研究の関心などから子供が選ばれるうえ、在籍人数が常に一定なので誰かが出ないと入れず、簡単には入れないという。ただ大量の寄付をしたり、コネクションがあったりすると入学できることが多いという。彼ら曰く、そこに来ている子供・親はともに非常に「素晴らしい」人が多く、教育、設備、食事の質も「超一流」だという。要はセレブな親と、セレブな子供が集まり、最高の先生がセレブな環境で手とり足とり世話してくれるセレブ保育園といった感じだ。入園者が少なく、プロセスも恣意的なだけに、セレブ以外の子供が割って入れる可能性はとても少ないのだろう。

さて、先日韓国人の友人と2人で試験の勉強会をしようということで、彼の自宅にお邪魔する機会があった。彼はMountain viewというスタンフォードの隣にある高級住宅街に韓国人の奥さん、1歳半の子供と3人で住んでいる。これがまた豪邸。夜は何の明かりもないような緑豊かで閑静な高級住宅街の中に、きれいな芝生に囲まれた2階建の一軒家。1階の広大なリビングルーム(私が今住んでいる部屋が丸々3つは入る。。。)はすべて1歳半の子供用に改造され、高価な電車と線路の模型や、BMWやベンツの子供用自動車(笑)、パソコンや携帯電話の子供用模型などの英才教育グッズに加え、滑り台と小さなジャングルジムまで配備されていた。私が玄関から入ってくると、奥さんに連れられた1歳半は、ちょっとはにかみつつも笑顔で挨拶をしてから、こっちにおいでよと言わんばかりに育ちのよさそうな笑顔で自分の「お城」の扉(低い柵で子供用のプレイエリアが仕切られている)を開けてこっちを振り返りつつ、「お城エリア」に中に入っていくのであった。これだけ何でも与えられると傲慢な性格になりそうだが、彼の自然で満ち足りた笑顔と行動を観ていると、「あー、本当のお金持ちの子供って、こうやって穏やかな性格になっていくんだな」というような、お坊ちゃまの前身を見るかのような感想を持った。

Marina Dune Resort奥さんもとってもきれいで謙虚な方で、献身的な韓国人の妻といった感じ。ただ家事は基本的にお手伝いさんがする。どこで手に入れたのか、日本のトラ屋のヨウカンや大福や緑茶を出してくれた。いったい家賃とお手伝いさんの支払は月いくらなのか気になって仕方なかったが、きっと韓国では有名な彼の父親がお金を送ってくれているのだろう。私より1歳年下とは思えない彼の豪奢な生活を見ながら、「こういうのがアメリカの”勝ち組”の人たちの生活なんだろうなー」、などと冷静に感じている自分がいた。

スタンフォード一帯は、「お金持ち」のコミュニティである。ナショナルパークめぐりをしてユタ州のロードサービスの人の家庭を訪れたり、バークレーでサマーをやったりしていたので(バークレーはもっといろんな種類の人が集まっている印象。キャンパスの周辺でもホームレスなどを沢山目撃する)、スタンフォードの「リッチ」ぶりは、ことあるごとに感じざるを得ない。お金持ちが特定のエリアに集まり、豪邸を建て、豪奢な生活をしつつ子供に高価な英才教育を施し、彼らにはまた多くのチャンスが与えられて次世代にもその格差を継続させていく。そんな格差固定化社会の中のお金持ちサイドの中心地を目撃させてもらえているのだと思う。(誤解なきよう。私は全くお金持ちでない。スタンフォードでも日本人は「一般人」が多い。日本社会が他国に比べて格差社会でないからだろう。格差が日本でも広がりつつあると言われているが、一分の富豪が豪奢な生活を独り占めするアメリカのこれが理想だとはとても私には思えない。格差が未だ少ないのは日本の素晴らしいところ。ぜひ変えたくないところである。)
Halloween at Downtown Palo Altoこの1週間は中間試験ラッシュであった。スタンフォードのMBAはクォーター制(4学期制)を取っているので、中間試験があっと言う間にやってくる。大変ではあったが、意外に楽しかった。

なぜ楽しく感じたかと言うと、日本では個人個人が徹夜でガリガリ教科書とノートを勉強して試験に臨むようなことが多かったのに対して、試験勉強プロセスが大いにインタラクティブだった点があると思う。試験直前まで、学生間で議論しながら教え合い、助け合う機会がたくさん用意されていると感じた。たとえばファイナンスでは、試験の1,2週間前からPhdの学生が復習セッションを沢山設けてくれ、必要なポイントをわかりやすくレビューしてくれる。また試験直前の駆け込み寺として、ファイナンスが得意な2年生が集まって鬼気迫る1年生を手とり足とり教えてくれる部屋が組織されたり、また勉強のできる1年生がファイナンスの授業をまとめた資料がいくつも出回ったりする。試験前夜にはメーリングリストで活発に質問が飛んでは答えあったりして、お互いに学び損ないがないようにケアしあう。また、学生間で自然発生的に数人単位での勉強会を組織して、お互いに問題を出し合ったりする。もちろん学校側の正式の1対1のチューターも利用できる。

At cafeスタンフォードは協調的な学校だと言われるので、これがスタンフォードMBA特有のことなのか、他MBAでも同様なのかはよくわからないが、勉強プロセスがとてもオープンで、インタラクティブで、協調的だったため、大変だった割に楽しく感じてしまったのだろう。

ただしスタンフォードの大学(学部)を卒業した韓国人の友達が教えてくれたが、この雰囲気はスタンフォードでもビジネススクールに特に強いものだという。アンダーグラッド(学部)ではいかにいい成績を取るかがその後の就職や進学にすごく影響する(日本では就職の際に成績などほとんど見ないでしょう。。。)上、成績が相対評価のため、試験勉強でお互いに協力しあうことはビジネススクールより多くはなく、皆試験期間中はすごく神経質になっていたとのこと。そんなプレッシャーの中、学部生の7割がキャンパスの心理カウンセラーへの相談経験があるという調査結果があるらしい。7割が本当かどうかはわからないが、入ったあとが大変なアメリカ大学の様子がなんとなく伝わってきた。この点に関しては、在学中は東大の方が100倍”りらくしんぐ”だと思う。

もう一つ韓国人の友達が言っていた興味深いことが、西洋人とアジア人の勉強アプローチの相違。アジア人は律儀に授業を復習し、キーワードや細かな知識を一生懸命覚えようとするという。また試験開始直前まで友達同士で質問を出し合ったり、自分で整理しなおしたきれいな暗記シートを見直したりと、非常に律義で暗記中心のアプローチを取る。

一方の西洋(特にアメリカ)の学生は、骨太の考え方や理論を理解することに関心を示し、理解を促進する事例などには興味を示すが、細かな知識はあまり気にしない傾向があるという。試験開始直前でも友達と世間話をしながら、アジア人より明らかにリラックスして時間を過ごしているという。骨太で理解中心のアプローチという感じだろうか。どっちがいいかは一長一短で、試験の結果はアジア人の方が良いことが多いが、半年経つとアジア人はほとんどを忘れてしまうのに対して、西洋人は少なくとも骨太の部分は覚えていることが多いように感じるとのことだった。

今回あまり回りを気にする余裕はなかったが、韓国人の言っている違いはありそうな話である。そんな初めての中間試験体験でした。
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