Stanford MBA 心の旅路

Stanford大学でのMBA(Stanford GSB)留学に奮闘する、外資系経営コンサルティング・ファーム勤務の若者の心の日記blog。 コンサルティングの仕事、MBA受験からスタンフォードGSB合格、スタンフォードMBA生活、帰国にいたるまで。

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Beach前職の経営コンサルティング会社のリクルーティング・イベントの手伝いに行くことが最近多い。MBAの1年生は、11月までリクルーティング活動をしてはいけないことになっている(学業や生活のペースセットに集中できるように)ので、MBAの2年生や他学部の方が対象だが、この10月あたりからは2年生が卒業後の就職先を決める重要な時期になっている。

前職の経営コンサルティング・ファームからは、20名弱(Alumniを含む)が1年生として来ており、経営コンサルティング・ファームの中では最大勢力となっている。今週末はモントレーのリゾート地で、2泊3日のファーム出身者向けのリクリエーション旅行があった。

Beach recreationうちのファームは、本当にアットホームな雰囲気だと思う。世界各地のオフィスからコンサルタントが集まってきていたが、協調的なスタンフォードの学生の中でも、特に人がよく、話しやすい人が多いと感じる。うちの会社は経営コンサルティング会社の中で唯一06年、07年と連続してFortune誌の「働きやすい会社トップ100」の10位以内に入っているが、この雰囲気が貢献している面も大きいだろう。

リクリエーション旅行では、コンサルタントとその家族で、ビーチでゲームをやったり、キャンプファイヤーをしながらビールを飲んだり、映画を見たりした。世界各地のオフィスからコンサルタントが来ているので、それぞれのオフィスの最近の状況が聞けて面白かった。Beach recreationただ何より感じたのは、やっぱり同じファームの仲間ということ。悩みも同じだったり、感じていることも同じだったり。授業が始まりまだ1か月たっておらず、かつ予習に追われてまだスタンフォードMBAとしての一体感が自分の中に強くできていない段階だったからだろうか、前職のファームに何か帰属意識と言うか、すごく懐かしい思いを感じてしてしまった。

ビーチでのゲームでは、西海岸のオフィスのパートナー(共同経営者)も一緒になって、子供のように砂まみれになってゲームを楽しんだ。その後のBBQでは、皆くたくたになってキャンプファイヤーの薪を囲んでビーチチェアに横になり、ビールやワインと一緒にチキンやスペヤリブをほうばった。From the room夜、部屋に帰ってベッドに心地よく疲れた体を横たえ、海側のテラスからうかがえる満天の星空と波の音を聞きながら、やっぱりうちの会社っていいな~などと素直に感じている自分がいた。こういうグループ旅行での共同体験というのは、チームへの愛着、帰属意識、結束、一体感を醸成するのにすごく役立つと感じた。もちろんこの旅行の目的がそこにあることは明確だが、一度きりでなく何度も、かつ形だけでなく感情がこもった形でメンバー1人1人をパーソナルにケアすることで、モチベーションと結束を高める有意義なグループ旅行になったのだろうと感じた。(お金だけ出して豪華な旅行をしても、”ウェット”な結束感は高まらないだろう。むしろ虚しくなりそうである。)日本にいたころから外資系なのにコテコテの宴会芸満載の社員旅行が毎年あったが、そういうこと(?)を重視する文化がフォームに浸透している。ただ、やはり今回の旅行の20-30人の人数というのが、パーソナル感あふれる旅行をするのにはちょうどいい人数なのだと感じたりもした。(ジャパンオフィスでは300人近い人数で旅行していたので、ちょっと規模が大きすぎる感がある。。。)
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人間力とは何か

今日は経営コンサルタントとして、留学前最後のお客さんとの打ち合わせ:最終報告会があった。無事、最終報告会はお客さんとの一体感の中終わり、夜にはお客さんの事務局の方々との慰労会。プロジェクトのリーダーの昇進と、私の留学も合わせて祝っていただけるということで、大変ありがたいことにお客さんから飲み会をセットしていただいた。コンサルタントとして、お客さんと飲みに行き、プロジェクトを一緒に振り返りながら杯を酌み交わすというのは、本当にコンサルタント冥利に尽きる瞬間だと思う。今はそんなほろ酔いの中、このブログを描いている。

本当にすばらしいお客さんと最後のプロジェクトを共にできたことをうれしく思う。お酒を酌み交わしながら、まじめな、熱い議論を繰り広げる。留学ということでこのプロジェクトを途中で抜けざるを得ないのはとても残念だ。そんな中で、最近の若い社員のコミュニケーション能力に関する議論があった。お客さんの事務局の方々(社会人暦15~20年のベテラン社員)の若い頃と比べ、最近の若い世代のコミュニケーション能力が著しく落ちているというのだ。お客さんの顧客との世間話ができない、上司などとのコミュニケーションができない、自分の頭で考えずに指示待ち族的になる、仕事を楽しんでいない、クールで客観的である、など。人間力の低下と言ってもいいかと思う。

私自身、思い当たる節が大きい。われわれ経営コンサルタントがよく言われるのは、コンサルティング・スキルや知識といったハードなものと、コミュニケーション、共鳴、溶け合う、といったソフトな人間力的な要素の2つがそろって始めて一流のビジネスコンサルタントたりえるということ。その意味では、ネットで育ち、都心の核家族で育ったわれわれ若い世代は人間力の鍛えられ方が弱っているというのは耳の痛い話である。

人間力、すなわち人の中で生き、人を惹きつけ、愛し、愛され、時には喧嘩をする中で人を動かしていく力というのは、異なるものとの対峙、また避けがたいものとの対峙との中で磨かれるものなのではと思っている。他者との衝突の中で、共通の話題の見つけ方、共鳴の仕方、性格タイプ別の対応方法、喜ばせるための押しボタンの位置、距離のとり方などを体得していくのだと思う。ネットで気の合う友達と、気の向くタイミングに、気の乗るテーマでストレスなくコミュニケーションをとることになれ、合わない人とは付き合わなくてよい、今の自分のままで気の合う人を探せばいい、そんな環境で小さい頃から育ってきた若い世代に他者との衝突経験が乏しいのは仕方がない気もする。親戚や近所の付き合いが密で、お互いの人間関係が固定的な田舎でなく、マンションで隣の家族の子供の名前も知らずに核家族の価値観だけに染まって育ってきた若い世代に、同じものを求めること自体が無理なのかもしれない。今日、お客さんとそんな話をしながら、いつも人間力が足りない自分自身、そんな若い世代の宿命を背負って育ってきた私自身を冷静に見つめる自分がいた。

人間力が欲しい

日本でビジネスをやっていこう、日本で人を動かしていこうとするならば、人間力はひとつ大切なケイパビリティになるだろう。いつもプロジェクトで中途入社のコンサルタントの方に勝てない部分が、この人間力である。そこには、相手の感情を傷つけずに落としどころに誘導していく力や、対立しているのにうまく物事を進めながら関係構築もできてしまう力など、営業マインド的な力も多く含まれる。

私は、人間力が欲しい。

経営コンサルティングファームはある意味ユニカルチャーな組織だ。多少語弊があるかもしれないが、多少は頭がよく、仕事のモチベーションも高く、融通が利く人間がほとんどである。社内には尊敬できるようなすごい方がたくさんいるし、むしろできない自分自身が浮き上がってしまうことがつらいと感じることが多い。他人の足を引っ張る人などいないし、みなが純粋にお客さんのために仕事をし、そのクオリティで競う環境が整っている。中途で転職して来られる方からは、「ここは天国だ」という言葉を聞かされることすらある。しかし贅沢な悩みだと叱られることもあるが、このユニカルチャーはコンサルティングスキルを伸ばす、ビジネス・スキル、経験を蓄積する上では最適であっても、人間力を蓄積するために最高の環境だとは言いがたい。ストレスがなさ過ぎるのだ。上司から言われることは正しいことばかりだし、納得できることが大半だ。そんな環境でずっと育ってくると、罠をサーチするアンテナ、価値観の異なる他者に対する思いやり、シンパシー、対応というものがおろそかになってくる懸念がある。うちのコンサルティングファームは、他社に比べると著しく人間力の育成に気を使っているファームだとは思うが、それでも私には人間力に関する根拠のないコンプレックスがある。

今の日本社会では、衝突を避けようと思えば避けることが可能だ。気の合わない友達とは話をせず、ネット上で気の合う友達を見つけることもできれば、掲示板やオンラインゲームの世界で暮らすこともできる。親も社会も、社会が多様化する中で過去のような明確な価値観、キャリアパスといったものを強く迫れないから、結果として「他者という壁」にぶつかったことが少ない、世代を生み出したのだろう。

弁護士、大学教授…。われわれの父親の世代でも、社会から孤立して自身の興味、自身の専門を追及できる人間は「世間知らず」という形で形容されてきた面もある。自分の思い通りに行かない経験、他者との衝突や挫折がまるい性格を生み出し、また対人対峙力を向上させるのだろうが、一方で、今の時代に求められるような伸びやかな発想力、独創性といったものは、他者との調整や衝突というより、それを恐れず伸びやかに「世間知らず」になることで得られる部分もあるように思う。


調整力 ⇔ 独創力

動かす ⇔ 生み出す

世間を知る ⇔ 世間を超越する


すごく単純化すれば、アメリカ社会は「調整力<独創力」型社会、日本社会は本来は「調整力>独創力」型社会なのだろう。どちらがいい、悪いという話ではない。個人が描く、理想の自分像や、やりたいことなどによる部分が大きいだろう。

酔った頭でまとまりのない雑感を書いてしまって恐縮だが、人間力的な対他者経験の絶対量不足。これが私が年配のお客さんと普段接している中で常々感じるコンプレックスでもあり、多かれ少なかれ世代共通の傾向なのだろうという気がする。

今日はプロジェクト最後の日を終え、お客さんと杯を酌み交わす中で、とても幸せな気分に浸らせていただいた。本当にコンサルタント冥利に尽きる一方、この一体感、高揚感を作り出したのは上司であるプロジェクトリーダーの人間力だと感じる。

私自身がもともと、動かすよりは生み出す、調整よりはクリエイティビティ、世間の常識よりは自分の道、といった性格である面はある。でも、私も、今日のこの空間を自然に作り出せるような、そんな上司のような卓越した人間力を持ちたいと思う。10年後でもいい。でも、一歩一歩、何をしていかなければいけないのか、自分自身で考えながら歩んでいきたい。

経営コンサルタントのプロジェクトは実に多様だ。
組織改革、新商品開発、営業改革、ビジョン策定、人材育成、、、。戦略策定から、実行支援。業界も異なれば、どのケースリーダー、オフィサーの元につくかで、プロジェクトの進め方も大きく変わってくる。しかも、若いうちはそのプロジェクトの中でも小さなパーツから、少しずつ経験していくことになる。


そんな断片的な経験が、ふと自分自身の中で有機的に繋がったプロジェクトがあった。それは2年目の終わりに参加した、大手日本企業での新商品開発プロジェクトでのことだった。


素人だからこそ、貢献できる


プロジェクトは、3ヶ月半。クライアントはより若年層に顧客層を広げたいと考えており、且つ、取り込んだ若年層をロイヤルカスタマー化して逃がさず、将来に渡って育てていけるようなビジネスモデルを求めていた。業界がやや特殊な業界であり、私以外のメンバーは、みな何らかの形でその業界をかじったことがある方ばかりだった。そのプロジェクト・リーダーとは一度働いたことがあったので、要領は分かっていた。最初の1週間は、メンバーで徹底的にブレストをしてアイデアを出す。そして1週間経った時点で、一気にプロジェクトの答の仮説を決めるのだ。非常に徹底した仮説思考のプロジェクト・リーダーだった。


最初のブレストでは、様々な意見が出た。ブレストではとにかくバカバカしいことでも思いついたことを活発に発言する。それらを皆、決して否定せず、「お、いいねぇ。なるほど。それって、どうやったらワーク(機能)するんだろう?」「こうやったらどう?」「こういうのもあるんじゃない?」といった形で、出てきたアイデアをどんどん膨らませていく。それらをガンガンホワイトボードに書いていった。このミーティングで、私がとるべきポジショニングがはっきりと見えた。他の方は皆、その業界をかじったことがある、または業界出身の方々だったので、専門知識で勝つのはまず無理だった。しかし、私の唯一で且つ最大の武器は、年齢だった。若かったのだ。私が当時25歳。他の方は皆MBAホルダーだったので、30歳半ば以上。今回のターゲットたる若者の感覚が、最大の武器だった。シニア中心の当該業界の非常識、若者の常識で戦う。その軸がキレイに見えた。


スタート1週間で、2回のCTM(ケース・チーム・ミーティング)を行った。2回目のCTMでは、競馬、パチンコ、宝くじ愛好家がターゲットになるのではないかという仮説を持っていった。競馬、パチンコ、宝くじの市場規模や、市場構造、ユーザー像とその消費特性などの資料を既存のアンケート資料などを加工しながら用意して行って、彼らをどうやってフックするかを議論した。最初の数枚をOHPに載せたときはあまり乗り気でなかったチームも、段々と議論をするうちに、半分冗談ながらも盛り上がっていた。「面白そうじゃん。詰めてみようよ」オフィサーの鶴の一声で、今回のプロジェクトの仮説の一つの柱に取り込まれることになった。


その後は、2週間後の最初のお客さんとのミーティング(WG:ワーキング・グループ・ミーティング)までに、ケースリーダーと2人で数回の議論を繰り返し、仮説を作っていった。既存のアンケートを分析したり、海外の類似市場と比較したりしながら、新商品のラフな仮説を作っていく。私の商品がいわゆる「フック商品」となり、若手の消費者を取り込んだあと、その中から将来の優良顧客を育てていくための「育成商品」を、他の2人のメンバーが設計していった。そうして全体像を描いてみると、なんだかいけそうな感じがしてくる。結構斬新なマーケティング・プランだ。


「本当にいけるの?」


2週間後のお客さんとのはじめてのミーティング。お客さんの反応は、意外にも良くなかった。「パチンコねぇ。。。本当にいけるの?」 正直、ピンと来ないといった反応。それもそうだろう。彼らの普段の顧客層からすると、対極にあるような消費者だ。その影響を受けたのか、帰社後の社内ミーティングでは、私の案を採用してくれたオフィサーが意外にもやや不安げになっていた。「ホームランか、最悪三振かもなぁ。もうちょっと見てみないと分からないなぁ。」オフィサーにそう言われると、正直経験のない私は俄然不安になる。でも、もうちょっと進めてみないと判断はできないじゃないか。消費者にぶつけてみるしかない。そう。お客さん(消費者)がOKと言えばOKなのだから。


その後、プロジェクトはターゲット層の消費者を会社に呼んでのフォーカス・グループ・インタビュー(FGI)に移っていった。4,5人の消費者を1グループとして、コンサルタントが商品コンセプトをぶつけたり、ニーズをヒアリングしたりしてアイデアを得、また検証する。


FGIについて個人的に好きな点は、普段会わないような人たち(消費者)と直接会えることと、その取り扱いの生ものぶりだ。今回も生粋の競馬・パチンコ・マージャン・宝くじマニアを集めてインタビューを行った。中には、見た目は静かそうでがり勉系の青年なのだが、話している途中に盛り上がって、興奮してよだれを垂らしてしまう人すらいた。普段決して私が会うことがないような、マニアックなギャンブラーとのインタビューは、なかなか印象深い、世間の奥深さを感じるものだった。また、集団でのインタビューは雰囲気作りとインタビュアー相互の影響をうまくコントロールしないといけない。声の大きい一人が最初にネガティブなことを言ってしまうと、一気に場の雰囲気がネガティブになることもあれば、逆もしかり。ケースリーダーと一緒にFGIをさばきながら、当てる順番を変えたり、話題をちょっと変えたり、細かなコントロール術のようなものも間近で見ながら学んでいくことになる。


今回のFGIでは、事前に複数回ケースリーダーとアウトプットイメージを作る打ち合わせを持ち、仮説を持ってから望んだ。ところが実際は、仮説どおりの部分が半分、違うところが半分。1,2回のインタビューが終わるたびに、ケースリーダーと一緒になって仮説を修正し、検証ポイントを深めていく。そうやって5,6グループのFGIが終わる頃には、なんとなくいけそうな具体案が見えてきた。


社長がページを折った


プロジェクトも1ヶ月半を越え、複数回のFGIを経て、今回のアイディアがいけそうなことが見えてきた。チーム内の温度感も大分と上がり、お客さんも、FGIの様子をビデオで見てもらったりするうちに、ようやく少しずつ熱を帯びてきた。ある程度のアイディアが固まった2ヶ月弱のところで、今度は比較的大規模なアンケートを打って、仮説をきっちり検証するとともに、ビジネス的にどのくらい儲かりそうなのかを試算する段階に入っていった。


そして2ヶ月が経った時点で、中間のステアリング・コミッティ。いわゆる経営会議での中間報告会だ。20名くらいの役員や事務局メンバーがコの字型の役員会議室にずらっと並び、中央の一番言い席だけが空席になっていた。テレビでも見たことのある白髪の社長が会議場に入ってくると、世間話がやみ、少し緊張した雰囲気が流れる。お客さんのリーダーから簡潔な説明があったあと、さっそく我らがケースリーダーがスライド台の前に立ち、プレゼンテーションを始めた。


社長は、食い入るように説明に聞き入っていた。たまに眼鏡を手に取り、手元にある印刷されたプレゼンテーション資料に目を落とすと、何かを書き込んだりしている。打ち手の全体像の説明が終わり、いよいよ「フック商品」としての私のパートの説明が始まった。うんうんとうなずき、いくつかのページはおもむろに紙の資料のページの端を折ったりしている。そしてパートの説明が終わると共に、顔を上げて、一声。


「これ、面白いよ! これ、いけるんじゃない? ねぇ?」


議場が一気にほころんだ。隣の常務が、「そうですねぇ」といった感じで笑顔で調子を合わせている。オフィサーが、ちょっと深く椅子に腰をかけた姿勢のまま、得意気に説明を加えている。ここまでクライアントに素直に受けた提案は、私の中では初めてだった。何より、ケースリーダーのプレゼンテーションが、秀逸だった。実は前の晩、3時間くらいかけて、オフィサーと、ケースリーダーと、私の3人でプレゼンの練習を繰り返していたのだ。オフィサーに、直接いろいろと指導をうけるケースリーダー。それをなぜだか見せてもらっている私。正直、ケースリーダーになっても鍵となるプレゼンでは、こうやってすごく真剣に練習するんだなぁということ自体が新鮮でもあり、また、真剣に物事に取り組んでいる目の前の2人が、かっこよかった。当日のプレゼンテーションは、間の取り方といい、勢いといい、迫力が満天だった。私のことではないが、そのケースリーダーが、なんだか誇らしかった。今でもこの瞬間を思い出すと、ちょっとだけ胸が高鳴る。


当日のプレゼンは、最高の形で終わりを迎えた。社長からは、報告会の最後にも、これまで数年間うちの会社と付き合っている中で、1,2を争う素晴らしいプレゼンだったと言ってくれた。私にとっても、小さなアイディアが、ケースリーダー以下一丸となって、こうやって素晴らしいマーケティング・プランに昇華していく道筋を濃密に経験できたのは素晴らしいことだった。25歳の若者の意見を真剣に聞き、形にしてくれるかっこいいお兄さんと、おじさん(?)に出会えてよかったと思った。


実行支援へ


社長のGOサインを得たチームはその後勢いづき、最後の1ヶ月半は計画通り実行支援へと移っていった。経営コンサルタントの仕事は、戦略立案と、実行支援に大きく分かれる。普段は3ヵ月程度で戦略立案をし、次の3ヵ月や6ヶ月で実行支援をしていく形が多いが、今回は3ヵ月半の中で、戦略立案と、実行支援を両方やる形になっていた。


実行支援は、戦略支援と明確に進め方が異なる。それは1年目の冬に経験したプロジェクトで既に痛い目に会いながら体験していた。


戦略立案では、「アイディアが進化していること」が進捗の一つの指標になるが、実行支援では、「物事が進んでいること」が進捗の指標となる。当たり前だが、このパラダイム・チェンジに当初はついていけなかった。お客さんのところにいって、物事をどんどん詰めて、前に進めていかないといけないのに、オフィスでアイデアをこねくり回して紙ばかり作っていた私は、2週間経ってもお客さんをドライブすることができずに全く進捗がなく、当時のケースリーダーからこっぴどく叱られた経験がある。叱られて慌ててお客さんのところに飛び込んだものの、左も右も分からずお客さんとの他部門の交渉で大失態をしてしまい、お客さんの部門を怒らせてしまった。1年目の年末年始はその真っ最中で、とても憂鬱な休みを過ごしたのを覚えている。年始に私のパートに飛び入りして助けてくれたリード・コンサルタントの方が、状況もあまり分かっていないのに、私に事前にいくつかの質問(どんな資料を最初持っていったの?何で相手は怒っているの?など)をしただけで、いきなり交渉の場に一緒に行って一気に状況を収集させてしまったことも鮮明に覚えている。


今回は同じ失敗はしないようにしたいが、するかもしれない、という不安を抱えたまま、プロジェクトは実行支援のフェーズに突入していった。前半戦と異なり、お客さんのチームを仕事のかたまりによって5つ~6つのチームに分け、仕事の担当者を決めて週次のミーティングで進捗を仕切っていく。コンサルタントは複数の"お客さんチーム"を担当し、週次ミーティングの前に個別でミーティングをし、ディスカッションパートナーになったり、問題があれば早めに経営に上げたりして物事を進めていく役割を担う。


私は、今回提案したフック商品の開発推進のチームを1つだけ担当した。相手は、40代半ばのベテラン社員。正直、実行支援はコレが苦手だった。年齢差は肌艶を見れば歴然としてるので、背伸びしようにも無理がある差だし、一方で私自身、プライドが高く飛び跳ねる性格なので、なかなか"かわいがってもらう"ようなモードに入れない。仕方なく、前の失敗を繰り返したくない私は最初の数回はケースリーダーに一緒に来てもらった。だが、実際は心配は杞憂に終わった。とても気さくでやさしいおじさんだった対面の方は、逆にうまく私をサポートしてくれたのだ。


そんないいでだしの我がチームだったが、直ぐに大きな壁にぶつかることになる。我々が提案した新しい商品は従来の商品と相当に商品構造が異なるため、既存のインフラでは組成できないことが発覚したのだ。


「この流れをしっかり体に染み込ませておけよ」


せっかく社長の心を掴んだ新商品。なんとか実現したい。でも、既存のインフラでは組成できない。私はケースリーダーとも相談しながら、グローバルのオフィスに協力を得ての海外の類似事例調査や、国内の他社の同部門へのインタビューなどを重ね、ヒントを探した。その結果をクライアントの対面の方に次々とぶつけていく。そんなことを繰り返していく中で、なんとか3週間後には少しだけ商品組成を変更すれば、比較的小規模の投資をすれば既存のインフラでも商品組成が可能だという確証が得られるところまで進捗した。すぐに担当常務に許可をもらいに行き、投資のOKを得る。こうして、無事、私の商品組成パートは、最終報告会の1週間前に目処がつくところまで持っていくことに成功した。


議論の道すがら、一緒に行動を共にしてくれたケースリーダーは、「これが戦略を作って落とし込んでいく一連のプロセスだからな。今体験しているこの流れを、しっかり体に染み込ませておけよ」ということを何度も言ってくれた。考えれば最初のブレストCTMから、3ヵ月半で濃厚な道のりを歩んできた。アイデアを出し合って、初期仮説を作る。それを顧客にぶつけ、クライアントや社内チームで議論しながら固めていき、最後はアンケートで定量化し、ビジネスインパクトを試算する。それらを説得的なパッケージ資料にまとめ、職人技のプレゼンテーションで伝え、お客さんと汗をかきながら実行していく。このプロジェクトは、私にとって、その一連のサイクルを自分自身の足で(ときには支えられつつも)初めて歩めたプロジェクトだった。広告代理店にビジネスコンセプトを伝え、商品のネーミングを考えてもらう。マーケティングのイメージがどんどん形になっていく。これまでBtoBのプロジェクトが多かった私は、そんな経験もまた新鮮かつ楽しいものとなった。プロジェクトみんなで作ったマーケティング・プランだけど、どこかで「これは俺の商品だ」そう思う部分があった。"It's my baby.しっかり世に出て稼いでくれよ。"自分のレコメンデーションに、そんな強いオーナーシップと愛着の気持ちをもった初めてのプロジェクトだった。


振り返れば、これが初めての大きな成功体験だった。業界経験者ばかりのプロジェクト・チームで、唯一の無知な20代。でも若手への顧客層拡大というテーマが手伝って、初めてチームでオーナーシップを持って自分のアイディアを具現化できた。これまで断片的に体験していたいろんな技が、このプロジェクトで有機的に繋がった気がした。


コンサルタントの成長は、非連続的だと言われる。半年でぐっと伸びる人もいれば、2年たってから伸びる人もいる。ぐっと伸びたかと思うと、しばらくすると次なる壁にぶつかる。その連続だ。私はこのプロジェクトで、1つ目の壁を登った気がした。プロジェクト終了後の打ち上げで飲んだビールの味は、格別だった。商品の発売が、待ち遠しかった。酔いが回る中で、チームっていいな、と思った。コンサルタントとしても、結構成長したのではないかと思った。ただ実際は、すぐその数ヵ月後に、新しい壁にぶつかることになるのだが。。


※仕事上のコンフィデンシャリティの観点から、適宜編集をしてあります。

入社してから1ヶ月ほどの研修を終え、始めて本物のプロジェクトにアサインされた。
  ・プロジェクト・リーダー(PL) 1名、
  ・リードコンサルタント(親分的なコンサルタント) 1名、
  ・コンサルタント 1名、
  ・アソシエイト(私) 1名
の4人構成のチームだ。お客さんは大手電機メーカーで、テーマは組織の間接人員(総務や人事、企画など)を減らし、営業などの顧客対応に配置転換する組織スリム化プロジェクトだった。期間は4ヶ月間。ABA分析と呼ばれる社内の業務量分析と、他社の間接部門比率のベンチマーキングによって、効率化余地に当たりをつけて、あとは部門長とのディスカッションの中で、どんどん人を配置転換していく、うちのプロジェクトにしてはオペレーショナル&後ろ向き且つタッチーなテーマだった。


研修が終わる頃のある月曜日、おもむろにあるシニアな方からVoice Mailが入った。緊張しながら聞いてみると、話をしたいと言う。よく分からずに会議室を予約し、その方に連絡をして約束の時間に部屋に行くと、新しいプロジェクトに入ってほしいとのことだった。選択権があるのかもよくわからないまま承諾をし、その場でプロジェクトの概要を説明され、その後、ドサリと基礎資料(プロジェクトの提案資料やお客さんの社内資料)が机に送られてきた。社内のキックオフ・ミーティングを木曜の午後にやるという。その間、しっかりと資料を読んで、また業界の全体感や知識をしっかりと理解しておけとのことだった。


研修では、指示がなくても自分から仕事を奪いに行けといわれた。また、ミーティングで新人だからと言って無言で話を聞いてたら、お前の今日のミーティングでの価値は何か?と詰められることは研修で体感していた。素人に近いとしても、その視点から感じたことをチームに伝える義務があるし、そうしないならチームに居る必要はない、とのことだ。まずはこのファームのやり方をしっかり学ばせてもらわないと、考えていた私はショックを受けた。でも、常に一歩上を目指して成長しようとしている、成長途上の人しかいない会社なのだから、最初から自己主張しないとダメだ、とも言われた。


初めてのチーム・ミーティング、初めてのプレゼン


そんなことを思い出し、誰にも指示されていないが、最初のミーティングにはクライアントとその業界について、自分で調べた15枚くらいの議論資料を作っていくことにした。まずアニュアルレポートやアナリストレポート、新聞や雑誌の記事検索、業界審査辞典やブルーンバーグなどの企業データを引っ張ってきて、クライアント企業と業界の外観を掴むことにした。財務データをエクセルに落とし、事業セグメントごとに利益率や成長率の分析をしたり、株価の推移の競合との比較などをしたりした。その結果、今回のテーマに関連していえそうなポイントをいくつかにまとめ、合計15枚くらいのパワーポイントの資料を作って持っていった。前日は恥ずかしながら朝4時まで夜更かしをした。


社内キックオフ・ミーティングは、前半戦はジェネラルスタッフ(セクレタリー、リサーチャー、プレゼン資料を作ってくれる部門などのサポート部隊)を交えて、今回のプロジェクトの概要をプロジェクトリーダーから全員に共有化する。そこでセクレや他のサポート部隊から活発な質問が出て、プロジェクトリーダーや、その上のオフィサーが答えていく。その後、コンサルタントスタッフだけのミーティングになり、プロジェクト・リーダーから、4ヶ月のプロジェクトの具体的なスケジュールや、お客さんの組織構造、キーパーソン、プロジェクト・リーダーが考えるプロジェクトの肝などが共有化される。その後、役割分担の議論を行い、いよいよ、プロジェクトの進め方に関するフリーディスカッションになった。


自分のネタをどこで出そうかと考えていた隙に、リードコンサルタントの人がいきなり席を立ち、OHP(現在でもそうだが、うちは社内の議論は未だにOHPを使って資料を投影し、ペンなどで書きながら議論する)にスライドを載せ始めた。この人も自分で資料を作ってきたのである。資料は、他社ベンチマーキングについて、自分はこうやったらいいと思う、という3枚くらいのスライドだった。プロジェクト・リーダーは、なるほど、という表情で見ていたが、説明が終わると、オフィサーやプロジェクトリーダーから活発な質問が飛ぶ。「でも、10社も15社もベンチマーキングしても、深さが足りなくなるんじゃない? 類似の業界で、お客さんの納得性が高いところ4,5社に絞って、より深く見た方がいいんじゃないの?」「スケールを考えないと間違うよ。そもそも従業員規模が違うと間接人員比率が違うのは当然でしょ?」「子会社とか、工場とかってどう考える?」などなど。その議論の内容を十分消化しきれず、またその議論が飛ぶスピードについていくのに精一杯のまま、なんとなくアプローチの方向性が固まった模様で、議論が収束。ミーティング終了予定時間15分前だったが、一瞬間があいた。これまで一言も発していなかった私は危機感を感じ、すかさず「すいません、クライアントについて、外からの視点で分析をして簡単な資料を作ってみたのですが、(議論して)いいですか?」と恐る恐る発言してみた。プロジェクト・リーダーはちらっと時計を見て、「いいよ、(OHP台に)載せてみて」。


その後、30分くらいにわたって、私が乗せるOHPに対し、チームメンバーからいろんな質問が浴びせられた。




「なんで××社と比較したの?理由は?」
「××事業部門の利益率が下がっているって言ったけど、その原因は何だと思うの?××なだけじゃないの?」
「そのスライド、そもそも出所(資料の出典)が抜けてるよ。研修でやったでしょ?」
「その分析だったら、こういう形で見せないと意味が通じないよ」




必死でもあったが、すごく楽しい30分でもあった。一流のコンサルタントが、自分の資料に対していろいろと反応してくれる。しかも、いろいろと指導をしてくれる。内容的にはケチョンケチョンにやられたのだが、チームの一員になれたような気持ちがして、とても嬉しかった。チーム・ミーティングの終了後、リード・コンサルタントの人がボソッと、「強力な助っ人が来てくれたみたいやね、期待してるよ」と声をかけてくれた。やる気に火をつける、嬉しい一言だった。


泳がされ、溺れて、助けてもらう


私の最初のミッションは、他社とクライアントの間接部門比率をベンチマークし、効率化余地をあぶりだすことだ。全従業員に占める間接人員の比率を比較することで見当をつけようというのだ。3週間後の最初のクライアントミーティングまでに、大まかなアプローチと、初期分析を持っていくとのことだった。


リード・コンサルタントの下に部下としてついて、仕事を覚えるという形だったが、「ある程度自分で考えてやってみな」、と放り出された。最初のCTM(ケース・チーム・ミーティング)で夜更かしして資料を出したので、自律性を認めてくれたのだろう。私は我が強い方なので、いいアウトプットを出して驚かせてやろうと気合が入った。


まず手当たり次第、既存の資料を当った。リサーチャーにアドバイスをもらったり、近くの席の人にアドバイスをもらったりしながら、企業の間接人員の人数が分かる統計資料や国の資料を複数入手し、それらをエクセルに落として分析してみることにした。ただ、間接人員の定義が資料によって異なったり、ある資料では企業名が出ていなかったりなかなか複雑な状況だったので、一番定義が近くて個別企業名が出ている2つの資料を使うことにした。2つの資料から、比較的お客さんの業界と近い企業を10社くらいピックアップして、間接人員に占める比率を比較してみた。


・・・・5%、13%、7%、21%、18%、3%・・・・。


あまりにバラバラな数字が出てきてしまい、ハタと困る。あ、従業員規模によってスケール効果が効くってCTMで議論していたな。。確かに5%と3%の企業は大企業だ。でもスケールが効くって具体的にどのくらい従業員が増えるとどのくらい変わるんだろう。 研修でもらったいろんな資料をひっくり返したり、うちが出版しているうちが開発したコンセプトをまとめた資料を読んで見たり。。。本当は一気にアウトプットを出してリードコンサルの人を驚かしたかったのだが、ちょっと作業に詰まっているので聞いてみよう。


「すいません、××さん。CTMで従業員規模によって間接人員って影響を受けるって議論があったかと思うのですが、具体的にその要因ってどう計算すればいいかご存知ですか?いろいろ考えてみて自分でやってみようと思ったのですが、この1日完全にそこで止まってしまっていて。。」
「あー、それなら一つはうちがグローバルで組織の間接人員規模を集計した資料がナレッジマネジメントのサイトにあると思うから、それを見てみれば。あとは複数の企業をプロットして平均的なスケールカーブを出してしまう手もあるんじゃない?」
一瞬で解決してしまった。しかも、そんなことは早く聞け。1日使うなと怒られてしまった。なるほど。それでやってみよう。


グローバルでのプロジェクトのナレッジを集積してあるサイトに行き、教えてもらった資料のタイトルで検索すると、あった。確かに組織のスケールカーブが出ている。ただ、人事、ファイナンス、ITなど、機能ごとに別々のスケールカーブが引かれていたのだ。「あ、機能によってスケールカーブって全然異なるんだ。そうすると機能ごとにスケールを調整しないといけないわけ?これってメチャメチャ複雑だなー。。そもそも機能ごとに人員数って分かってないしなぁ。。仕方ない。もとの原典に戻って、複数社をプロットして平均的なスケールカーブを書く方法で行こう」


そんな感じで次々とぶつかる壁を乗り越えつつ、とりあえずなんとなくの資料のイメージを作り、リードコンサルタントの時間をもらって相談に行った。対象企業10社と、クライアント企業の、間接人員比率を比較したグラフが1枚と、その前提としてスケールをどう調整したかの説明1枚、間接部門の含まれる機能(人事、経理、、、)を説明した1枚の計3枚。効率化が必要なことが明確に分析に出ていて、結構上出来だ。自信気にリードコンサルタントに紙を説明した。



「クライアントの間接比率が14%で、他社比較での効率化余地は3%。。。間接比率ってどういう定義?」
「(誇らしげに)人事、経理、総務、企画、IT部門を入れています」
「本社だけのをカウントしてるの?それとも事業部門の間接部門もカウントしてる?」
「はい?」
「いや、だから事業部門の人事とか、企画とかはどうカウントしてるの?」
「・・・えーと、、 そっか。事業部門に、人事とかっているんでしたっけ。。?」


(中略)


「で、なんでこの10社選んだんだっけ?」
「(自信ありげに)業種が近い方がいいという議論があったので、同じ電機関係の企業をピックアップしました」
「ピンとこないなぁ」
「でも、同じ業種の会社ってこのくらいしか載ってないんですよ。いろいろ調べたんですけど。。リサーチャーにも相談したし、××さんにも…」
「分かるけど、クライアントにそう説明するわけ?彼ら(クライアント)が真っ先に知りたいと思う企業が全く入ってないよ」
「・・・。まぁ、そうですが。。」
「しかもこれは外資系企業の販社だから、全然会社の機能が違うよ。製販持っているところと一緒にしたら間接比率違うの当然でしょ?一緒にしちゃダメだよ。 そういえば製造管理とかって間接部門に入れなくていいの?営業支援とか、営業管理の部門は?」
「???」


(中略)


「間接比率5%なんてあり得るの?ちゃんとこういうのチェックしてよね。あ、でもこの会社とかってもしかしたら、ほとんどシェアードサービス使っちゃってるのかもね。それって今回どう考える?」
「(相当やられ気味)すいません、、、・・・それって、何ですか?」
「いや、だから給与計算とか、専門の子会社とか他社に仕事を外出ししてやってしまうケースがあるんだよ。あ、でもそれはいいのか。シェアードサービスの活用も含めて、その会社は効率化できていると考えればいいから、そこは今回は見なくていいんだな」
「…はぁ。」


(中略)


「そもそも、いきなり結果を見せられてもお客さん反応できないよ。まずはアプローチだとか、対象企業の選定方法をきちんと書かないと。ミーティング2週間後だけど、どう持っていくプラン?」
「(瀕死)えーっと、、、 そうですね。。 まずは、定義をしっかり確認しなおして、、 企業の選び方をどうするか。。 あと2週間ですから、早くそこを決めて、、、」
「・・・うーん。 ちょっと無理そう?一緒やろうか」
「(死亡)・・・はい。。。すいません。お願いします。。」



惨敗だ。今考えれば当たり前で、3ヵ月前まで学生だった人間が、いきなり企業の組織の各部門について理解できている訳がないし、コンサルティング経験ゼロの中で、いきなり他社ベンチマーキングのモジュールを任されること自体、無理がある。でも、この方は私のプライドが高かったのを見て、教育的見地からも一度溺れさせたのだろう。こうして、2週間目からリード・コンサルタントの方と二人三脚でのリカバリーが始まった。


間近に見る技


結局2週間後のミーティングには、ベンチマーク分析のアプローチ案と、比較対象にしたいとお客さんが思うであろう企業リストを提示し、いくつかの注意ポイント(スケール効果を勘案する必要、スケールは機能ごとに効き方が異なる、など)を初期分析で添える形で資料を作り、仕事の進め方を議論する形でうまく終了した。アプローチとしては、複数社に我々がインタビューし、お互いの企業の間接人員比率をお互いに交換しあうという条件に賛同してくれる企業のデータを集め、その中に、クライアントと仲のいい、必ず協力してくれる企業を何社か混ぜて進めることになった。お互いにメリットがあるし、直接話を聞けるから細かいベンチマーキングが可能である。また並行して、保険のために調査会社を使って複数社の間接部門について任意調査をしてもらうというkとになった。これらのアプローチは、CTMでケースリーダーとリード・コンサルが議論する中で出てきたものだが、私にとっては目からウロコだった。「へぇ~。企業間って同業でもケンカしているだけでなくて、協力関係にある会社もあるんだなぁ。調査会社を雇うっていう手もあるのか。なるほどなぁ。」「プロジェクトのアイデアって、こうやって生の議論の中で生まれてくるんだなぁ。発想が豊かだなぁ。」と、そんなことを実感した。


その後2週間に渡って、私はリード・コンサルタントと一緒に同意してくれた企業の担当者の方々にインタビュー訪問を実施した。趣旨を説明した上で、組織の概要について人事部門の方からヒアリングをした上で、後日詳細の資料をいただく段取りになった。私にとっては初めてのインタビューで、メモを取ることに必死だったのだが、楽しかった。


3回目のインタビューでは、「今日の前半俺が説明する、後半は頼んだよ」と、突然タクシーの中で言われた。「え、マジですか」と顔面蒼白。「もう2回も見てるでしょ?」「いや、でも、もうちょっと前に言ってくださいよ。」「大丈夫、大丈夫。コケたらカバーするから」「・・・。分かりましたけど。。」


4回目のインタビューでは、インタビュー開始7,8分前に相手企業についたものの、いきなりリードコンサルの人が「腹減った。行くぞ」と牛丼屋に。え!あと5分くらいしかないよ、と心で叫びつつ、「はい!」と付いていく。牛丼屋で大盛りを注文した彼は、出てきた牛丼を掃除機のように吸い込み、私が4分の1くらいしか並盛を食べ終わっていない段階で「行くぞ」と。もったいないので肉だけ口に放り込み、「(もごもご)はい。。」と。1分前にインタビュー先に到着し、受付へ。この人は本当に狩猟民族だな、とつくづく思った。



インタビューの帰りのタクシーでは、毎回反省会のような会話がなされる。「あの部長は警戒してたなー。まぁ、資料もらえるか分からないけど、俺からあとでフォローしておくよ。」「あの会社は営業支援とマーケティングが一緒になってるから、分析のとき注意が必要だな」など。その言葉の一つ一つが、なるほど、あのインタビューをそう解釈するのか、という、自分の感受性/アンテナとのギャップを感じるいい訓練となる。


インタビューが終わると、毎日メモを書く。これが難しい。うちのメモは、議事録ではダメなのだ。結局、何が分かって、プロジェクトに対する示唆は何で、だとするごネクストステップは何か、という順番で、自分の主観をはっきりと交えて構成しないといけない。客観的に言ったことだけをまとめる議事録とは大きく異なり、実力がそのまま出てしまうのだ。メッセージをまとめる際、ロジカルシンキングが非常に要求される。レベル感があっているか、メッセージとボトムがあっているか。説得力のあるメッセージをクリアに提示するためにはとても重要な基礎力だ。コンサルでの経験を積むと普通にできるようになることだが、最初はこれが難しい。1時間のインタビューのメモを書くのに、4時間。それをリードコンサルタントに添削してもらうと、真っ赤になって返ってきて、もう2時間。うちでは上の人が資料はメモに直接ペンを入れてくれることを「赤ペン先生」と呼ぶが、これが非常にためになる。当時はただ必死にもらった修正点を理解して、反映しようとしていただけだが、振り返ると、すごい教育投資をしてもらったと思う。メッセージを修正されたとき、なぜそう修正されたのか、もっと当時からしっかり考えていれば、もっとOJTの効果を最大化できただろうに、と思ったりもする。


最後の経営会議を終えて


その後は、もらった資料をベースに、企業の担当者に電話をして定義を確認したりして、定義あわせ、数字の微調整をしていく作業を担当した。インタビューのときにあった偉い方でなく、その下の担当者を紹介してもらったので幾分電話もかけやすく、嫌がられながらも突進力で沢山電話し、分析を進めて行った。このプロセスは、2つの意味で私にとって意味が大きかった。一つは、自分ひとりで他の企業の担当者と話を進めていくことができ、自信に繋がった点。もう一つは、企業の各部署の役割などについていろいろとヒアリングをでき、細かな部署のミッション(庶務、総務といっても各社内容が異なり、単純比較できない)を聞きだすことで、企業の組織についての理解が深まったことだ。


プロジェクト2ヶ月目の第一回の経営会議では、私が頑張って作った他社のベンチマーキング分析が、リード・コンサルタントの方によってプレゼンされた。活発な質問がクライアント側からも出たが、見事にリード・コンサルタントの方が切り返してくれた。全て、事前に2人の間で議論しつくしたことだった。この分析によって、クライアントが直感的に感じていた余剰感が具体的にどの部門にありそうで、その原因は何なのかが、なんとなく浮き彫りになってきた。これで全てを決めるわけでなく、最終的には業務量分析を行って、部門長とのディスカッションの中で人員の最適化余地を特定していくわけだが、危機感を経営陣に醸成するいい機会になったと、あとでプロジェクト・リーダーが伝えてくれた。


その後の2ヶ月間は、業務量の分析と、その他いくつかの分析(組織の階層が多すぎるというや、管理職が多すぎるという分析など)を実施した。タッチーなテーマだったなので、コンサルタントの方が人員最適化余地について部門長とやりあっているミーティング(全部門長について、計100時間以上実施)にあまり出席できなかったのが残念だった。ただ2,3度だけ、部門長とのミーティングに同席させてもらい、メモをとった際には、リード・コンサルタントの人の場合はロジックと数字でズバズバ攻め込んでいくのに対し、もう一人の若手コンサルタント(といっても、前職では10年近くの経験を持つ社会人大ベテラン)は、威圧しつつも同情する、といった、取調室での2役を1人でこなすといったスタイルで、それぞれ全く違うスタイルで最適化余地を詰めて行く様子に、これもまた"勉強になった"とは言えない(距離感がありすぎる)が、とても刺激になった。


最初のプロジェクトは、とにかく目の前のことに精一杯取り組む中で、気がつくと終わって行った。最後の経営会議では、プレゼンが終わり、ひとしきり議論が終わったあと、社長が最後に「グッドジョブ」とチームに声をかけてくれた。経営会議が終了し、クライアントの各役員が席を立って散っていく中で、「あ、終わったんだな」と思った。「これで終わりなんだ。あっさりしているな」という感覚と、「結果としてはよかったのかな」という両方の感覚を持ったのを覚えている。初プロジェクトのアソシエイトとしてお客さんとのコミュニケーションがあまりなかったので、正直、お客さんに大きなインパクトを与えた実感がなかった。あれだけ詰めた計画は、ちゃんと実行されるのだろうか。あの分析は、どのくらいお客さんの心に刺さったのだろうか。リード・コンサルタントの人に詰められて脂汗を書いていたあの部門長はどうしているのだろう。でも、「グッドジョブ」という一言からして、きっとお客さんは満足してくれたんだろう、と。そんな雑感を抱きながら、経営コンサルタントとして初めてのプロジェクトが幕を閉じた。



※仕事上のコンフィデンシャリティの観点から、適宜編集をしてあります。

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