Stanford MBA 心の旅路

Stanford大学でのMBA(Stanford GSB)留学に奮闘する、外資系経営コンサルティング・ファーム勤務の若者の心の日記blog。 コンサルティングの仕事、MBA受験からスタンフォードGSB合格、スタンフォードMBA生活、帰国にいたるまで。

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- --:-- | スポンサー広告 | トラックバック(-) | コメント(-) |
上海にて日本の中堅企業で1か月半ほど、ロンドンに来る前の話だが、知り合いに紹介してもらったツテでインターンをさせてもらった。当初は「一人経営コンサルテーション」をさせてもらおうと計画していたのだが、なかなか29歳の若者に経営コンサルティングを頼みたい経営者などおらず、四苦八苦したことは前に書いたとおりである。結局、「アメリカで経営を勉強しているのだが、日本で勢いのある中堅企業について勉強をさせてもらいたい」というお願い形式で、最後はなんとか知り合いの知り合いが会長をやっている会社に拾っていただくことができた。

その会社は従業員が500名程度、中国にもオフィスを持ち、売り上げは数十億円規模の日本企業。会長と2人で10日間程度の中国視察旅行に行った際のことは前に記述したと思うが、会長(60歳)が非常に懇意にしてくださり、得難い貴重な経験をさせていただいた。

会社は第一のビジネスがようやく軌道に乗り、会長は1年前に新しく社長を招へいし、自分は会長に退くという世代交代を実施。社長は現在のビジネスをしっかり伸ばしていく一方、会長は将来の第二の柱となるビジネスを今のうちに温めておきたいという段階であった。会長は日系経営コンサルタントとしてキャリアをスタートするが、すぐに会社を飛び出し、商社に入社。そこで10年がかりである部門を日本一にしたことで自信をつけ、しばらくのち再び古巣の日系コンサルティング会社に戻り、その後外資系コンサルティング会社に転職、その後は出版や研修の講師などをしながら、50代に現在のビジネスを立ち上げるに至ったという、非常に経験が豊富な方である。

会長と企業視察私は外資系経営コンサルティングに新卒で勤めていることもあり、この夏は「実業を疑似体験できる」「一人ですべて責任を持って仕事を取り、仕上げる」「前職の会社の傘を離れ、武者修行する」といった要素が満たせる経験をしたいと願っていた。前職の会社からも、有名企業の社長補佐、CFO補佐など、複数大変興味深いポジションのオファーをもらったのだが、あえて自分で仕事を取り、自分で仕上げ、武者修行をしたいと願い、知り合いのツテなどを頼り、なんとか今の会長に拾っていただいた。会長は私の悩みを若い頃に経験されていた模様で、非常に懇意にしてくださり、会長と社長の間に机を設け、メール、電話、関係のない会議から社長会(いろんな企業の社長が集まる会合)への参加まで、ありのままの経営者の姿を見せてくださった。

経営コンサルタントと、会長(起業家)で大きく違うなぁと思ったのは、「人をどう巻き込み・動かすか」に関する関心の高さと、執着心。もちろん経営コンサルタントも人をどう説得し、動かすかは常に考えているが、その泥臭さ、執着度においては大きな差があると感じた。


人が「動くかどうか」に関する感覚の鋭さ
上海の地下鉄通勤ラッシュ中国への視察旅行の際、現地のいろんな提携候補企業の経営者と多くのミーティングをこなした。ミーティング後、会長と意見を交換しあうのだが、このときに、会長の視点にハッとさせられることが多かった。ひとつ自分との差を感じたのは、人のモチベーションと、相手の人となり(家族構成、事の経緯、性格、本人を取りまく人のつながり等々)に対して向けられる関心度が大きく違った。

「彼はああ言っているけど、きっと酒を飲めば愚痴が出る。親が××に住んでるでしょ。で、親会社が水産系の会社だからね。きっと××あたりの話を持っていけば乗ってくるんじゃないかなぁ。。。」
「いやぁ、彼はあの言い方は××と裏でつながりがあるよ。だって先に××について質問してきたのは彼でしょ。こっちが裏から手を回すと、逆に梯子を外される可能性がある」

経験の賜物でもあるだろうが、私が単純に表面的なことを見てしまう傾向がある中で、会長は常に「人がどう感じるか、人をどう動かすか、巻き込むか」といったことを常に感じていた。


人に好かれる術、人の心に入り込む力のすごさ
会長はとにかく人とすぐに仲良くなる。ホテルの従業員でも、電車で隣に居合わせた人でも、初めて会うほかの企業の経営者でも同様である。人の心に入り込む、人に影響を与えていく方法は複数あると思うが、会長の場合は、とにかく人に警戒心を抱かせず、するりと心に入っていく。たとえば、

・共通点を模索して、強引に「縁ですねぇ」と親近感を演出する
・相手との過去の経験に関しては、楽しかった、よかったと、ポジティブなことのみ話す
・相手を持ち上げて、自分を馬鹿として笑う
・人に笑顔で話しかけ、世間話、身の上話をする

などと、書いてみれば当たり前だが、こういったことを自然に、会長のスタイルとして実行されていた。彼の笑顔は特に天性のものと言える魅力的な笑顔で、本来非常に優秀な営業マンなのだと思う。


ネットワークの力
瀋陽にて食事これは経営コンサルタントもシニアになれば非常にすさまじいものがあるが、会長もまた、特筆すべきくらい人脈がとにかく広い。経営コンサルティングをやっていたことや、複数会社を転職したことも人脈の面では大きいとおっしゃっていたが、それ以外でも、定期的なスポーツ会、異業種勉強会、社長会、大学の部活や旅行仲間、高校など、仕事外でのつながりを強く持っている。これは今ロンドンに来て一層思うことだが、仕事外で、リクリエーションや運動、旅行、趣味で知り合う友達というのは、利害関係がないため純粋で強いものになりやすく、人と知り合う上では非常に有効だと思う。特に規模が小さな会社では社長がお客さんを取ってこられるかが重要になってくるかと思うが、彼はその能力がずば抜けて高いように思える。たとえば取引先の超大企業の役員クラスに複数知り合いがいて、彼らが危機の際資本を出してくれたり、大切な情報を提供してくれたり、案件や人を紹介してくれたりしているのだ。

中堅企業の現場の経営者は、周りや世の中の流れがどちらに向いていていくのか、どこに帆を立てれば風をうまくとらえられるのか、そういったことを知ることがとても重要になってくる。ただ、人・金・モノが大企業に比しても貧弱なケースが多いため、やりたくてもできない、動きたくても動けない、情報がないので状況が分からない、そんな状況にあることが多い。その際、顧客の様子や、世の中の流れをつかめる信頼度の高い情報を与えてくれるのも、仕事のパートナーや仲間を与えてくれるのも、案件の情報やアドバイスを与えてくれるのも、すべて会社内外(主に外)の人脈であることが多い。


日本にて以上、経営コンサルタントと現場経営者の主な違いを気付いた部分で書いてみたが、一言で言うと、経営コンサルタントが欠きがちなのは、「泥臭いセールスマンシップ」だと思う。経営コンサルタントは、ジュニアのころは営業をする必要はない。基本的にトップ営業であるので、プロジェクトが組成されてからメンバーとしてアサインされる。テーマはクライアント企業の危急の経営課題であるから、クライアントは基本的にはこちら側を最初から向いてくれている(もちろん敵対意識、「邪魔してくれるな」意識が最初は存在するケースが多いが、テーマがテーマなだけに無視しきれない)。プロジェクトのクライアント側のメンバーは社内でのエース格、社内での影響力がある方々が入るケースが多いので、こちら側がクライアント社内の「泥臭い社内セールス」まで手取り足取りする必要もなく、トップダウンで物事が済んでしまうケースも多い。また、経営コンサルティング会社に勤める人々は比較的頭もよく、理解ある人であるケースが多いので、社内で理不尽なことに遭遇する機会も少ない。そんな中、特に新卒で経営コンサルタントに入ると、または中途であっても長い期間コンサルタントをやっていると、「泥臭いセールスマンシップ」が鍛えられない傾向があると感じる。

ただ、「泥臭いセールスマンシップ」は、もちろん商社や現場で多様な考えの多様な人種と接し、いろんな人や組織、社会の壁にぶつかったり、ノルマで仕向けられたりして鍛えられる部分が大きいだろうが、そうでなくても、日常のいろんな活動の中で、多様な考えをもった多様な相手に対して影響力を行使しようと試みる中で鍛えられ得るものでもあると思う。この「泥臭いセールスマンシップ」は、現在やらせてもらっているスタンフォード日本人会の仕事や、クラス内外の活動の中でも大いに実践できることだと思うので、2年目の一つの重点項目にしていきたいと思っている。
スポンサーサイト
Notting Hill Carnivalにてロンドンに来て語学学校の学生と話をするうちに、改めてひとつ気づいたことがある。それは、「笑顔とユーモアの力」。あるイタリア人と世間話をしているときに、別に彼が面白いことを言ったわけではないのだが、私が自然と愛想笑いというか、自働的な笑顔というか、とりあえずよく分からずに笑った時の会話が印象的だった。

  「今、なんで笑ったの?」
  「え? あ、笑ったっけ? そうだね。 ははは。」
  「ははは! 不思議だけど、君が笑うと、私も笑っちゃう。」

「君が笑うと、私も笑っちゃう」という言葉にハッとした。振り返ってみると、語学学校ではいつもジョークをいったり、笑ったりしていることに気付いた。そしていつも笑っていると、自然に人が集まってくる。笑顔は伝染するものだと思うし、笑っている本人も幸せだから素晴らしいことだと思う。

ニューヨークにてクラスメートと私は前職のコンサルティングファームではジョークを言ったり、笑顔を振りまいたりする方では決してなかった。むしろ仕事のプレッシャーと責任感の中、眉間にしわを寄せていたことばかりだったと思う。笑顔とユーモアの力はすごいものだと思う一方、仕事で笑顔とジョークを絶やさないのは難しいことだなぁと思う。心の余裕が必要だろう。今のスタンフォードでも、簡単なグループワークや、自分が経験のあるワークでは笑顔とジョークが自然と溢れ、みんなにもサポートしてもらいながらうまく仕事が進むが、英語が分からなかったり、テーマの理解が不十分だったりすると、笑顔とジョークが息をひそめてしまう。子供のころも、よく笑う子だねと言われていたようだが、受験を始めてからは、笑顔が減った気がする。人のよって差はあるのだろうが、私の笑顔とジョーク力は、ストレスに対して敏感に反応して減衰してしまうらしい。

私は、笑ってジョークを言いながら楽しく生活している自分の方が好きである。その方がみなと仲良くなるし、心が満たされた時間を過ごせる。今の自分は、「自然な楽しい自分」を表現できている気がする。そう、これまでの自分を振り返れば、笑顔とジョークのスタイルは、ひとつの自然な自分のスタイルだった。前職の会社でも、笑顔とジョークを交えながら仕事をしっかりとこなしていた上司が沢山いた。すごいことだと思う。経営コンサルティングという、自分にとっては難しい仕事をこなしながら、笑顔とジョークを絶やさない。帰国後それができるかは、自分にとってのひとつのチャレンジでもあるとも感じた。
バークレーの坂道春学期が終了して日本に戻ってくる前のとある土日に、私が幼稚園から小学校1年生の間に過ごしたカリフォルニアのBerkeleyの古い自宅を訪問してきた。実は、現在留学しているスタンフォードの大学キャンパスからわずか1時間半くらいの距離、サマースクールを過ごしていたUC Berkeleyのキャンパスからは車で20分程度の距離に、私が5歳から6歳の間、昔1年半家族と過ごしていた古い自宅がある。いろいろと思い出は残っているが、小学校1年生に日本に戻ってきて以来初めての、つまり、24年ぶりの訪問であった。

私はBerkeleyでの1年半の生活以外、東京の日野市にあった父親の会社の社宅で幼少時代の大半を過ごしている。しかしその社宅は、すでに新たな開発計画によってつぶされてしまい、昔キャッチボールをした広場も、壁あてをした壁も、かくれんぼをした丘も、秘密基地を作った茂みも、化石をとった山も、よく隣の友達と遊んでいた小さな鉄棒も、すべてなくなってしまった。そういった意味ではこのBerkeleyが私にとっては今でも訪問できる唯一の故郷であることに気づく。

当時5、6歳だった私は、3歳年上の兄と一緒に、Berkeley自宅前の急峻な坂をスケートボードですべり降りたのを覚えている。兄が先に行くのを、私は凸凹の地面を眼を大きく見開きながら見つめ、よく遊んだ教会の回りの階段転ばないかハラハラしながら滑ってついていった。その坂の下の角には教会があり、その教会の周囲を走るコンクリートの細い道は、私たちにとって格好の遊び場であった。そしてその教会を左に曲がり、バート(地下鉄)の陸橋をくぐると私たちが通っていた幼稚園&小学校が左手にあった。

さて、冒頭の写真がその「急峻な」坂。およそ100メートル程度の短い、緩やか~な斜面であった。私の記憶の「決死のスケートボードをした急峻な坂」というイメージからすると、ほんとに肩透かしの「あれ?」という感じの坂であった。子供の記憶はこれだから面白い。当時の身体サイズ、運動能力からすると、恐怖の急峻な坂であったのだろう。そして、自宅。見事に24年前の自宅が残っていた。ちょうど前をうろうろしていると、買い物から現在の主である方が帰ってきて、偶然お会いすることができた。メキシコ人のマリオさん。もうかれこれ15年くらい住んでいるという。娘さんは現在私が通っていた学校に通っているという。家の前にあった大きな木(その枯れ葉を掃除するのが兄と私の大きな仕事であった)は切り倒されてしまった模様だが、家の奥の庭は、ほとんどそのまま残っているらしい。ただ、家のサイズも、予想よりこじんまりとした小さな家で、本当に子供のころのイメージとはすごく違ってショックを受けた。もっと立派な家だった気がしたのになぁ。。。家の下には地下室があって、そこは真っ暗でいろんなガス管などが這いまわっていたのだが、そこが小さい頃の肝試しの場だった。なんとその地下室の一番奥には、鹿の頭がい骨が置いてあったのだ。マリオさんにそれを聞いてみると、知らないとのことだった。またあるときキャンプから家族で帰ってくると、庭に鹿が迷い込んでいたこともあった。

隅にある教会幼稚園、小学校と通った学校にも行ってみた。これまた規模の小ささと、みずぼらしさにびっくり。もう、どこの教室で授業を受けていたかは覚えていない。ただ、授業が始まる前に、クラスメート全員でアメリカ国旗の方を向いて、胸に手を当てて国歌を斉唱していたこと、そのあと担任の先生への歌を歌っていたこと、休み時間に買えた25セントのオレンジのシャーベットアイスクリームがおいしくて、買えたときは誇らしげだったこと、毎週クラスメートが一人ずつみんなの前で、一週間であったことを発表しあう会があって、私は父親がラスベガスで勝ち取ってくれたぬいぐるみをみんなに自慢したこと、給食はメキシカンとアメリカンの2つから選べたけど、ほとんどメキシカンを選んでいたこと、学校の体育館でたまに映画の上映があり、いつもとても怖い思いをしたけど体育館から出てくると太陽の日差しがものすごく強くてびっくりしたこと、などなど、思い出は尽きない。

懐かしの自宅訪れてみれば、本当に小さな区画の中で過ごしていた、私の幼少時代。そこに、たくさんの思い出が詰まっている。何も考えていなかったように思えて、いろいろとちゃんと覚えてもいる。そうやって、親の保護のもと、育って今再びその現場を訪れている自分がいることを考えると、感慨深い。でも、訪れてみると、懐かしくもあるが、そこには今の人々が生き、今の生活が進行していることに気付く。小さな目線から、小さな体から、小さな頭脳から経験したあのときの世界はもうそこには残っていない。大人の目から見るBerkeleyの坂はゆるやかで短く、家は小さく、そして教会も荘厳なイメージがあったが、全く違う。

私が幼少時代の大半を過ごした日野市の社宅は、現在はもう存在しない。でも、Berkeleyの故郷を訪れてみて、むしろ自宅や教会、学校自体というよりも、そこでの友達や家族とのいろんな思い出、出来事、写真などが、本当に価値があるものであり、時に戻ってくる本当の「故郷」なのだなぁと感じた。社宅時代に日野市でよく見た、夏の夕焼け景色。寝付けないときに母親がだっこして見せてくれた社宅の窓から見えるしずかな茂みと山の風景。そういった心の中にある風景こそが、自分の本当の故郷なのかもしれない。
テイスティングのメモさて、この前の稿でいろいろとワインについてこねくり回してしまったが、この3週間に飲んだ50本近くのワインの中で、結局「素人」の私がおいしいと感じたワインを、備忘録として記しておきたい。しかし、結構忘れてしまっている・・・。名前自体を忘れてしまったり、メモをした紙を紛失したりしてしまっていて、いくつかおいしかったものが漏れてしまっているのだが。。。酔っ払ってもメモは紛失することなかれ。涙
以下、シャンパン・スパーリングワイン、白、赤それぞれについて特に記憶に残っている「おいしかった」ワインと、その詳細である。

シャンパン・スパークリングワイン
「Dom Perignon 99」
ドンペリ ビンテージ99年ドンペリの99年ビンテージ。いろいろ飲んだ中でも、ドンペリが一番といわれるとがっかりするかもしれないが、爽やか&スモーキーな香り高さでは、他の有名シャンパンと比べてもやはり秀でていた。ちなみに、Dom Perignon Rose95も飲んだが、ロゼはダメ。見た目&話題性のみ。Krug Grande Cuvee NV、Krug Rose NVも飲んだが、いまいちピンと来なかった。Krugはファンが多いというので、今後ももう少し飲んでみたい。ただ、やはりベストは普通の(といってもビンテージだが)ドンペリ。

白ワイン
「Kistler Chardonnay Vine Hill 1995」
「Domaine La Haute Fevrie, Claude Branger Sur Lie 2006」

キスラーKistlerは、重く丸い香りがして、あとに酸味がじんわり広がり、唾が出てくる。モンラッシュとか、多少モンダビのシャルドネにも似ている方向性。シャルドネについてはシャブリのような方向性より、個人的にこのパイナップルっぽい方向性の方が好きなのだが、Kistlerは香りの複雑さとバランスからして最高においしかった。下手なやつを飲むと甘くて丸いだけになってしまうが、これは味の複雑性と、香りが随一。ちなみにこれはスタンフォード近くのNapa産。
2つめは、ロワールのナント産のミュスカデ。Sur Lie法で製造しているため、かすかな発泡性もあり、それがまた口当たりをさっぱりさせてくれる。全体としては非常にしまったさっぱりとした辛口ワインだが、マスカットのワインを飲んだ時に感じるような独特の香りとフルーティーさが十分に感じられ、かすかな発泡性と合わせて面白みのあるワインとして印象に残った。Kistlerほどのインパクトはなく、全体としては線は細めかなぁとは感じたが、変わり種として面白いワイン。また今度時間を空けて飲んでみたいと思わせる面白さがあった。

赤ワイン
「Cabernet Sauvignon Eisele Vineyard Araujo 1993」
「St. Clement Cabernet Sauvignon 1995」
「St. Clement Oroppas 1995」
「Gevrey-Chambertin Pierre Raillard 1998」

ブルゴーニュのシャンベルタン上3つともNapa産ですいません。1つ目はアロウホ。フルボディーだが、私が嫌いな渋すぎるわけでなく、ものすごく果実味が豊かで複雑で、思わず唾が出てくるほど後味も強く、今までで一番おいしかった赤。奥深いプラムのような果実味と酸味の凝縮度は、今でも鮮明に思い出せるくらい、他のワインと比べても秀逸だった。
2つ目3つ目はすべてカベルネ主体(オロッパスはボルドースタイルで、多少メルロー入り)だが、ともに果実味もあって香りもバランスがよく、舌ざわりも滑らかでおいしかった。ただ、オロッパスのは少し甘すぎるような気もして、Cabernet Sauvignonの方がどっしり、しっかりしていておいしかった。ボルドーの重めのワインも複数飲んだが、バランスがよいものの、香りがちょっとしまりすぎていて(華やかさが足りないと感じた。香りが開いてくるまで時間がかかるし、開いてくる香りはどちらかと言うと樽系だったり土、葉っぱ系の香りが主体)、個人的にはそれほど美味しいとは感じたものはなかった。ブルゴーニュでは、あたりはずれが大きくあまりピンとこないワインも多かったが、4つ目に挙げた1つだけはすごく華やかでしっかりした味わい&香りで、印象に強く残っている。ワインの色も淵がレンガ色からオレンジ色に熟成が進み、初めて「これがワインのオレンジ色か」というのを体験した。

加えて、自分の記憶用に、ここ数週間で飲んだワインで名前を覚えているもののリストを記しておきたい(大分忘れてしまったものが多いが。。。)。

シャンパン・スパークリングワイン
「Dom Perignon 99」、
「Krug Grande Cuvee Brut 95」、
「Dom Perignon Rose95」、
「Krug Rose NV」、
「Jacquesson Grand Cru Avize 97」、
「Lanson Nole Cuvee Brut 95」、
「Pol Roger Sir Winston Churchill 95」、
「Bollinger La Grande Annee 99」、
「Belle Epoqque 99」、
「Laurent Perrier Grand Siecle NV」、
「Cremant de Bourgogne Blanc de Blancs NV」、
「Gosset NV」、
「Piper-Heidsieck Brut 2000」、
「Pol Roger Brut 98」、
「Henriot Brut Millesime 98」

白ワイン
「Kistler, Chardonnay Vine Hill 1995」、
「Domaine La Haute Fevrie, Claude Branger Sur Lie 2006」、

「Macon Villages, Domaine Matthieu de Brully 2005」、
「Robert Mondavi, Stag’s Leap District Sauvignon Blanc 2002」、
「Domaine Bernard Defalx, Chablis 1er Cru Vaillous 2006」、
「Moss Wood, Moss Wood Semillon 2006」、
「Domaine Bernard Defalx, Vaillons Chablis 1er Cru 2006」、
「Domaine Long Depaquit, Moutonne Chablis Grand Cru 2004」、
「Domaine Macc Morey & Fils, Chassagne Montrachet 1er Cru Morgeot 1999」、
「Clarisse Mischler, Vin D' Alsace Riesling 2005」
(他いろいろ飲んだが忘れた。。。)

赤ワイン
「Araujo, Cabernet Sauvignon Eisele Vineyard 1993」、
「St.Clement, Cabernet Sauvignon 1995」、
「St.Clement, Oroppas 1995」、
「Domaine Trapet, Gevrey Chambertin Pierre Raillard 98」、

「Ridge, Geyserville 1995」、
「Chateau Pontet Canet, Pauillac 1995」、
「Chateau Tour de Segur, Lussac Saint Emilion 2001」、
「Chateau Lagrange, Les Fiefs de Lagrange 04」、
「Chateau Giscours, Le Haut-Medoc de Giscours 04」、
「Chatear Thieuley 2002」、
「Mommessin, Bourgogne Pinot Noir 06」、
「Alex Gambal, Chambolle Musigny 06」、
「Santa Rita, Casa Real Cabernet Sauvignon 1994」、
「Maison Lucian le Moine, Les Caves de la Colombe Bourgogne Pinot Noir 06」、
「Stag’s Leap Wine Cellars, Cask23 1995」、
「Beringer, Merlot Bancroft Ranch 1994」、
「Auebrada de Macul, Domus Aurea 1997」、
「Miguel Torres Chile, Santa Digna Carmenere 2007」、
「Valentin Bianchi, Elsa Bianchi Malbec 2007」
(他、いろいろ飲んだが忘れた。。。)

さて、今後はヨーロッパを旅行する予定があるので、ボルドーやブルゴーニュ、イタリア各地などのワインももう少し深堀していければと思っている。(ユーロ高の最悪のタイミングではあるが。。。)
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。