Stanford MBA 心の旅路

Stanford大学でのMBA(Stanford GSB)留学に奮闘する、外資系経営コンサルティング・ファーム勤務の若者の心の日記blog。 コンサルティングの仕事、MBA受験からスタンフォードGSB合格、スタンフォードMBA生活、帰国にいたるまで。

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- --:-- | スポンサー広告 | トラックバック(-) | コメント(-) |
卒業式にて6月中旬についに卒業式を終え、東京に帰ってきた。スタンフォードの2年間の留学生活も、ついに終わりを迎えた。
そう。ついに、終わりを迎えた。そして、本当に、本当に素晴らしい2年間だった。

これほど私の価値観を大きく変えてくれる経験はなかなかできないと思う。思いっきり勉強し、思いっきり遊び、思いっきり旅行し、思いっきり考える。それをあの青いスタンフォードの空の下でできる特権というのは、言葉では語りつくせない幸福である。自分は、本当に幸せ者だと思う。

では、私自身、この2年間で何を得たのか。実際に何が変わったのかは、だんだんとこちらで生活をするうちに見えてくるものもあるだろうが、現時点での感覚を、なるべく頭脳のスクリーニングを通さずに吐き出しておきたい。ここに並んでいるものが、とりあえずこの瞬間における、超等身大の「MBA留学の成果」といったものだと思っていただければいいと思う。あまり深く考えずに、思いつくままに羅列してみよう。


世界中にできたたくさんの友達:
パーティーにてアジア、中東、アメリカ、南米、ヨーロッパ各地の親しい友達。どこに今後旅行にいっても友達がいるのはうれしい限り。その友達の質の高さに、MBAが終わって改めて気づく。学生同士ではあんなに親しくしていたけど、学生でなければこんなに親しくならなかっただろうな、というような家の育ちの方々等。急に世界が見えるようになった、また自分もようやく世界の一部になった、という感覚。

視野の広さ:
世界のトップタレントの質と自分の強み・弱みの理解。ある意味、自分が勝負できる部分、できない部分がわかって、逆に自信になった。MBAは特殊な社会なので、世界がわかったというにはほど遠いが、世界のエリート界で何が起こっているかの手触り感のある感覚と、それに対する自分の意見・スタンス。

価値観の広がり:
多様な価値観の存在への気付き。自分が染まっている価値観・パラダイムの再発見、自分が抑制していたけど実は持っていた価値観・性格の再認識。「あ、自分自身のままでいていいんだ」、という感覚。

心の安定:
ある程度の自分に対する自信、そこそこなら将来どこでも食っていけるし、最悪最後は自分で何かをすればいいやというある種の開き直り。

エネルギー、やる気:
単純に、エネルギーを再充電。新しいことをいろいろと吸収し、新しいエネルギーとやる気に満ちた心身の状況。

世界中を旅した経験:
タージマハールにてインド、ヨーロッパ、中南米、東南アジア、中国、アメリカ各地等々。クラスメートに案内され、普通の旅行では見られないようなその国の側面をいろいろと見ることができた経験。単純に、クラスメートとたくさん楽しい思いをした経験。その中でも、世界の貧困の状況を初めて体験。日本はものすごく恵まれているし、且つユニークであるという感覚。

英語力:
年に何度かあるフォーマルパーティーやはり2年間で圧倒的に伸びたという感覚。日本語と英語が頭の中でシームレスに切り替わる感覚。少なくとも日本にいれば、英語のコンプレックスはなくなったという感覚。とはいえネーティブと比べると英語は常に発展途上で、終わりはないのだという悟り。アメリカでもどこの国でも、多くの人が不完全な英語で仕事をやっているのが今のグローバル社会だという悟りと、完璧病からの離脱。

ファイナンス系の知識:
クラス全員にてこれまで仕事では使わなかったファイナンス分野の知識、内部情報等の知識。彼らがどんな仕事をしていて、どんな役割を世の中で果たしているのかの肌感覚、等。

ソフトスキルに関する知識・経験:
対人関係、ネゴシエーション、リーダーシップ、社内政治等々、いろんなソフトトピックに関する体系的な知識と、演習や実生活におけるさまざまな経験。知識でとりあえず武装できてはいるという感覚、等。

アントレプレナーに対する理解:
シリコンバレーのアントレプレナーに関する理解と実体験。その魅力、素晴らしさや、コンサルタントとの違い、日本との環境の違いに関する理解、等。

沢山の思い出:
インドのお祭り Holi にてクラスメートとの大量の写真、思い出。無限の笑顔、笑い、ジョーク、パーティー、旅行、イベント、グループワーク、買い物、ドライブ、語り合い、ワイン、ゴルフ、テニス、バスケ、太陽、芝生、クラスルーム、カフェ、等々。これは本当にプライスレス。私の人格の一部を形成することになるだろう。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
さて、2年間の振り返りについてはあまり考えをまとめずに、とにかく羅列を試みたのだが、この方が逆に、等身大のこの2年間の感覚が伝わるかと思う。中でも、前半に書いたネットワーク・価値観の広がり&変化といったあたりが言葉で書くとシンプルだけど、自分としてはあとあとまで人生へのインパクトは大きいかもしれない。ただ、ここに書いたすべてが複合して、自分自身の考え方や行動を今後変えていくような経験になったのだと思う。

スタンフォードこうして今東京に戻り、新しく借りたアパートの部屋で文章を書きながら、この2年間のスタンフォード生活の素晴らしさを再度実感している。そしてさらに、外に出て初めてわかったこの国、日本という国の素晴らしさ、レベルの高さ、ユニークさについても、改めてしみじみと感じる次第である。

今後とも、少しでも、世界のため、そして日本のために、ここで得た貴重な経験をもとに、またこれまで私の短い人生で経験させてもらったさまざまなことをもとにして、自分が何かをしていかなければと想う日々である。

2年間、本当にありがとうございました。
チチニッツァだいぶ前になるが、春休みにおきまりのメキシコに行ってきた。春休みと言えば、こちらではビーチリゾートである。マイアミか、カンクーン。高校生や大学生がこぞって南にやってきて、日夜パーティー騒ぎをするのである。

さて、そんな年齢でもない我々は、とはいえあまり遠方に行きすぎず、この2年間をゆっくり振り返って語る時間がほしいと、メキシコ行きを決定。カンクーンで1週間ほどのんびりしながら周辺を観光し、その後メキシコシティにて学校のスタディトリップの合流するという予定で時間を過ごしてきた。

ホテルにてさて、カンクーン。これが予想以上に素晴らしかった。私は基本的にバックパッカー的な旅行しかリゾート地ではしたことがなく、典型的なリゾート旅行は避けてきたのだが、これが意外と素晴らしかった。何よりも海がきれい。そして「何もしない」贅沢。プールサイドでのんびりし、海に入ってはプールで泳ぎ、ジャグジーに入る。そしてカクテルを頼み、友達と語り合ったり、読みたかった学校の資料を読んだり、学んだことを棚卸したり。夜はシーフードを堪能し、ワインを夜中まで飲む。若者のいない静かなリゾートホテルを選んだのが正解。非常に静かで、客層は20代後半以上が中心。最高に満足のいく1週間だった。

実はこの時期、メキシコはインフルエンザ騒ぎと、政府と麻薬団体の衝突等で治安も悪化中。そのためあまり動かずに、いろんな観光もキャンセルしたのだが、結果としてはのんびりできてよかったと思う。

友達の親の豪邸にてメキシコ・シティでは、ある友達のお宅にお邪魔した際に、いろいろと治安の悪さ等を実感した。まず、友達のお宅の大きいこと、大きいこと。家の中には所狭しと美術品が並び(奥様が美術品好き)、家はまるで美術館。そんな中で奥さんが最近のメキシコ・シティの治安の悪さについて、いろいろと話をしてくれた。奥さん自身も、先月車で家に戻り、駐車場に車を入れたところ、車の影に隠れて強盗がこっそり一緒に駐車場に入ってきたとのこと。車から降りると突然銃を頭に突き付けられ、驚いた奥さんは叫びまくったという。強盗は複数だったのだが、どうやら2人以降の仲間が駐車場のドア(自動で締まる重いドア)に挟まり、中に入ってこられない状況だった模様で、それで強盗グループも混乱。結局銃を突き付けている強盗一人が逆に家に隔離される状況になり、強盗用に買っていた番犬が激しく強盗を襲撃し、強盗はなんとか内側からドアをこじ開けて逃げて行ったという。なんとも恐ろしい話だ。

民族ダンスを取り入れたバレーの公演メキシコ・シティでは、とにかく命が惜しければ流れのタクシーには乗るなと言われた。当時は各地で麻薬組織と警察の衝突が起きていたタイミングだったので、なおさらである。そんな事情もあり、あまり活動的に観光はせず、なるべくじっとしていることになった。しかしそれが逆に2年間を振り返る実によい時間を与えてくれ、また友達ともゆっくりとしたかけがえのない時間を過ごすことを可能にしてくれた。

それにしても、リゾートはやっぱりいい。初めて味をしめてしまった。私もだんだんと年を取ってきたということだろうか悲。
パンフレットこちらでは現在、Boba Teaというタピオカの大きな粒が入ったティーが大人気で、私もMountain Viewという大学の隣町のTapioca Expressにはお世話になっているが、最近大学通りのPalo AltoにもBoba Teaのお店ができたというので行ってみた。そこはBoba Teaだけでなく、ベジタリアン向けの食事も提供している模様で、お店の脇にふと目をやると、「ベジタリアン入門キット」なるパンフレットが置いてあったので、ふと手を伸ばしてみた。

こちらに来て、改めていろんな国のいろんな人が様々な食事制限を持っていることに驚きを感じたのを覚えている。昨年冬のJapan Tripでも、一緒にTripをオーガナイズしたリーダーシップメンバーが、メンバーの食事制限に合わせ、「この人は野菜しかダメ」「この人はミルクもダメ」「この人は魚のだしならOK」等々、旅館やホテル、レストランの人と一生懸命会話をしていたのを思い出す。日本ではこのような食事制限、ベジタリアンなどに対する理解が他の国に比べるとまだ低いため、彼も相当その手配に苦労していた模様だ。

カリフォルニアのFreewayを走るさて、ベジタリアン入門キットは、人々にベジタリアンになることを勧めている。ベジタリアンである人がそうなった理由は、もちろん宗教的なものもあるが、こちらカリフォルニアでは、健康的な理由、または倫理的な理由からのものが多い模様だ。パンフレットを開くと、アメリカの有名女優やシンガー、スポーツ選手などが、なぜ自分がベジタリアンなのか、そしてそれがどれほど倫理的・健康的に優れていることなのかをそれぞれの言葉で飾っている。そして養豚場、養鶏場などでの「非人道的」な家畜の扱いなどを感情的に訴え、その後ベジタリアンの入門レシピ(入門・助走編は、「ビーフ味のミートレスハンバーグ(大豆などからできている)」などから始まる)、ベジタリアンの栄養学的なデータなどを掲載している。

私はクラスメートなどとベジタリアンの議論になると、「日本人の私としては、人間は自然によって生かされているものだと思うし、肉や魚を頂戴して生きていくのは、ありのままの人間の姿だと思う。むしろ、そうだからこそ、いただいた命を大切に、残さず、感謝していただく方が大切だと思う」というように答えるようにしている。もちろん、家庭の食卓から隠された部分であるが、食べられるためだけに生まれて工場で「大量生産」される家畜の現状にも、もちろん無知ではいられない。ただ、動物がかわいそうだとベジタリアンになる前に、大量に注文して残飯は罪悪感もなくゴミ箱に捨てるような大量消費の考え方自体にも問題がある気がする。
モントレーにて先学期に履修したアントレプレナーの授業「Formation of New Ventures」は素晴らしい授業であった。なかなか忙しく、blogに内容をアップデートする時間がとれないのだが、つい先日期末レポートの採点が返ってきて、ふと自分のレポートを読みなおして思った点を数点だけ。



成功する起業家の多くが社会人経験8−10年以上で起業
授業では、20代からの起業、サーチファンドモデル、30・40代からの起業など様々な起業家と接する機会があった。感じたことは多いが、授業で取り扱った、成功する起業家に関するある統計が面白かった。成功(とりあえずこの例ではExitまたはIPO)する起業家が、その会社を立ち上げた年齢を分析してみると、そのほとんどが、最低でも社会人経験を8−10年持っているという。20代から情熱を持って企業をし、成功させる事例もあるが、統計で見るとマジョリティーではないという。むしろ、20代で一度起業を経験し、またはその他の職業を経験し、20代終盤から30代以降で起業した会社の方が、統計的には成功確率が高いという。

成功と失敗のはざまに落ちるリスク
授業で多くの起業家に会ったが、必ずしも成功した人だけでなく、失敗(倒産)をした人、苦しんでいる人(特にこの景気の中、多くのスタートアップが現在も破たんしている)から話を聞くことも多く、生々しい話もたくさん聞くことができた(笑)が、その中で一つ印象に残っているのが、成功と失敗のはざまに落ちるリスクのこと。

キャンパスにて明らかな失敗であれば、次のステップへの判断もつきやすいだろうが、クラスでも議論になったのが、業績の達成がどんどん先ばしになるような、成功と失敗のはざま。特にベンチャーキャピタルから資本が入っていないケース(日本でのスタートアップはそういうケースが非常に多いだろう)だと、VCからのプレッシャーがかからないため、事業計画を達成できていなくても、「来年こそ」「もう少し計画を見直してみよう」等々、ずるずると目標を下げたり、買えたりすることになり、中途半端な規模のビジネスのまま、大きく成長することも失敗することもなく、5年も10年も経ってしまうケースが多いという。それが自分のやりたいビジネスであり、大きな成功をしなくてもよいのであれば問題がないのであろうが、仮に大きな計画やキャリアステップの願望(自分のVCを作る等々)があった場合、成功でもなく失敗でもない状況は、どこで足抜けをするべきなのか、見切りが付きにくいため、多くの起業家がキャリアの多くをそこで費やすことになりがちだとう。